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第13話

銀嶺は撮影現場の片隅に積まれたケースから、昼食に用意されたサンドイッチの箱を取り上げた。この辺りでは結構有名な店のカツサンドだ。見ると、箱は随分余っている。 近くに居た女性スタッフに尋ねてみた。 「これ、残ってるんですか?」 「サンドイッチですか?ハイ」 「余分にもらって構いませんか?」 「どうぞー。いくつでも持ってってください」 気前良く答えてもらえたので、銀嶺はもう一箱を手に取った――それから少し考え、あと一つ追加した。 箱を三つ持って歩き出すと、前方に見慣れた車が停まっている。あれは……大隅の愛車だ。銀嶺はそちらから視線を逸らして歩き続けた。 「ちょっと――」 案の定、大隅が車から降りてきて、銀嶺を追ってきた。 「待ってくれよ。なあ、すまなかった。あいつとはもう別れてるんだ――」 「別れてる人が、なぜ深夜に一緒に居たんですか?」 「それは、たまたま、偶然……なんとなく……」 大隅は歯切れ悪く言う。 「大隅さん、電話があったらすぐ取れるようにっていつも必ず手元に置いてますよね。そうじゃないのって、シャワー浴びる時ぐらいですよね」 大隅はぐっと息を飲み込んだような表情をした。 「厳しいなあ、銀嶺は……そこがいいんだが」 「遊び相手にされるのは慣れてますからいいんです、私はどうせ……バイオペットですし。でも、番号登録すら本名でしてもらえない立場だったと分かったのは……悲しかったです」 銀嶺は言い、大隅に背を向け歩き出した。 大隅が追いすがるように声をかける。 「待てよ銀嶺。すまない、傷つける気はなかったんだ――なあ、昼食一緒に行かないか?お詫びにご馳走させてくれ」 「近くで働いてる友人と約束していますので」 銀嶺は振り返らずに答えた。 相模が働く作業所へ向かう――人目を引くのが嫌なのか、大隅は追っては来なかった。ほっとしたような、物足りないような、複雑な気持ちだ……銀嶺は足元に落ちる自分の影を見つめながら歩いた。 作業所に着き、トタン塀の中を覗く。丁度昼時だし相模も休憩しているだろう、そう思ったのだが、彼はまだ働いていた。朝見たときと同じ機械の骨組みの上にいて、鉄骨に跨り今度は大きなレンチでボルトをゆるめている。 やがてボルトが外れた。相模は固定されていた骨組みの一部を外して地面へ倒そうとし――下の銀嶺に気がついた。気さくな調子で声をかけてくる。 「ちょっと下がって――こいつ倒すから、ジャリがはねるかも」 「あ、はい――」 銀嶺が慌てて離れると、相模は片手で支えていた鉄骨をひょいと放した。それは砂利敷きの地面に倒れ、重々しい音を響かせた。 「どうしたの?錆と埃だらけなんだぜ、ここ。汚れちまうよ?」 相模が、白い歯を見せ微笑みながら言った。こんなに人懐こい表情をする人だったろうか、と銀嶺はその顔を見上げながら思った。 「あのう、今昼休憩なので――もし良かったら、食べませんか?これ」 「昼?」 相模は晴天の空を仰いだ。 「そっか――放ってくれる?」 サンドイッチの箱を投げてよこせという事らしい。銀嶺は言われた通り箱を一つ、鉄骨の上の相模に投げ渡した。 「ありがと」 相模は箱を受け取ると、はめていた軍手を外してそれを開けた。中のカツサンドを掴んで一度に全部取り出す。次いでいきなり両手でサンドイッチを纏めてパン、と押しつぶし、体積を小さくすると、口の中にぽいと放り込み、殆ど丸呑みにして食べてしまった。 銀嶺は目をパチクリさせてそれを見ていた。 「相模さん……」 「んー?」 「あのう……それ一応……美味しいって評判の……」 相模は鉄骨に跨って、長い両脚をぶらぶらさせている――なんだかやんちゃ坊主のようだ。 「店の物、なんですが……いや、なんでもないです。もう一箱ありますけど、要りますか?」 「うん」 頷いた相模に、銀嶺は再び箱を投げ渡した。相模は同じようにそれの中身も取り出して潰し、呑んでしまう。喉につかえないのかなあ、と思いながら銀嶺は、トタン塀の傍らに寝かせて並べられていた錆びた鉄骨に腰掛け、作業に戻った相模を眺めながら自分のカツサンドを食べた。

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