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第14話
翌日も、昼に配られた弁当を抱え銀嶺は相模の所へ行った。案の定、彼はまだ働いている――昨日の大きな骨組みは解体し終わったらしく、今度は地面でそれをパーツごとに小さく分解していた。
「相模さん」
「お?こんちは」
相模は挨拶しただけで手をとめようとしない。
「あのう……昼ご一緒しませんか?」
銀嶺は声をかけた。
「昼?」
相模は昨日と同じように呟いた。
「はい……あのう、ここ、昼休憩何時からなんでしょう?」
銀嶺は訊いた。周囲に他の作業員の姿はない。
「昼休憩って?」
相模が訊ねた。
「えっ?ですから……昼ご飯の時間のことですけど……」
「特にない……と、思う」
相模は首を傾げて答えた。
「特にない?」
決まっていないという事だろうか。そんなものなのかも、と銀嶺は思った。銀嶺の働く撮影現場の休憩も、時と場合によりまちまちではある。
「もし手を休められるようなら、一緒にこれ食べませんか?」
銀嶺は貰ってきた幕の内弁当のパックを相模に見せた。
「今日のはちょっと……丸めて食べるわけにいかないですけど」
「ああ、ははは」
相模は笑った。
「教育担当官に、ああやって食うのは行儀悪いんだって教わったけど――作業中だとついね。前のクセが出ちまって」
そうか、と銀嶺は思った。彼がいた戦地ではきっと、ゆっくり食事する時間など取れないのだろう。
「じゃ、食わせてもらおっかな」
相模は工具を手放して立ち上がった。
上はランニングシャツ一枚、膝まわりにゆとりがとられた作業用パンツにごつい安全靴、というスタイルが、上背がある相模によく似合っている――銀嶺は側に来た彼に弁当箱を手渡した。
二人は敷地の隅に積み重ねてある鉄骨に並んで腰掛けた。割り箸を取り上げた相模が言う。
「俺、これがねえ……どうも苦手で」
「箸がですか?」
「うん。殆ど使った事がないもんで。みんなよくこんな棒っ切れで器用に色々つまむよねえ」
銀嶺は微笑んだ。
「慣れればそれほど難しくないです。便利ですよ」
「そうか?なーんかややっこしく見えるんだがなあ……」
相模は呟きながらぎこちなく箸を握り、弁当箱のお惣菜を取り上げようとしている。銀嶺は声をかけた。
「ちょっと――いいですか?持ち方が少し――」
傍らに弁当を置き、箸を持つ相模の手に自分の手を添えて指の位置を修正してやった。
「……こうです。ここで支えるんですよ」
「銀嶺さん、手――」
「え?手?」
突然言われ、銀嶺は視線を上げた。思いがけず、相模の顔が近くにある。
「ちょっと貸して!」
相模は弁当箱と箸を脇に置き、片手で銀嶺の右手首を取った。それを持ち上げ、自分の掌に合わせる。
「あはは、小せーの!」
「……そ、そうですか?」
確かに――がっしりとした相模の手に比べると、銀嶺の手は随分華奢に見える。
「ほっそい指だなあ!柔らけーし」
単に比べるだけのつもりなのだろうが、相模は銀嶺の指に自分の指を絡めてくる。
「そっ、それは……あなたのに比べたら……そうでしょうけど……」
銀嶺は思わず赤面しながら、そうっと指を解き手を引っ込めた。
「班長がさあ、言ってたんだよ」
「班長?」
「あの、ノアと仲良い奴」
「ああ……天城さんですか」
「そ。あいつがね、ネコってのはやーらかくてカワイイもんだ、ってしきりに言ってやがってさ――確かにそうだな、柔らかいし、カワイイよ、うん」
銀嶺はつい相模の顔を見返した。彼はもちろん、種類としてのネコについて話しているのであって、銀嶺個人を可愛いと評したわけではない――だが――
「おい!新人!ちゃっかり休んでんじゃねえぞ!」
突然荒っぽい怒鳴り声がして、銀嶺は飛び上がりそうになった。声がした方を見ると、相模と似たような出で立ちの作業員が三人立っている。
「あんたはなんだ?ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ」
一人が銀嶺に向かって言った。
「あっ、すみません……昼食の差し入れに来ただけで――すぐ帰りますから」
銀嶺は被っていた帽子を更に深く被りなおしながら言った――自分がネコだとわかったら、相模がもっと何か言われてしまうかもしれない。
「差し入れ?ふん、生意気に――」
作業員は言い、相模に目を移した。
「チンタラ食ってるんじゃねえぞ!今日のノルマ、終わりませんでしたじゃすまねえからな!」
「うぃッス」
居丈高な態度の作業員に特に怖ける風もなく、相模はしかし従順に返事した。
三人が事務所らしい建物へ入って行くのを見送ってから、銀嶺は相模に謝った。
「すみません……相模さん」
彼は教えてもらった通りの箸の持ち方で慎重に食事を口に運んでいる。
「え?なにがー?」
口をもぐもぐさせながら相模が言った。
「――私のせいで……怒られちゃって」
「ああ、いいのいいの。あんなん、怒られたうちに入んない。前の上官に比べりゃあの先輩なんてね、ゼーンゼン、おとなしいんだから」
「そうなんですか……」
一応ほっとはしたが――銀嶺は相模が以前いたらしい環境の厳しさを思いながら、傍らの自分の弁当を手に取った。
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