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第15話
自室に帰ってから、銀嶺は相模の連絡先を訊かなかったのに気がついた。だが勤め先はわかっている。また会いに行っても構わないだろうか――ベッドに横たわりながら考えた。
数日後、銀嶺は仕事帰りに相模の作業所へ寄ってみた。日が沈みかけて薄暗い中、彼はまだ働いている――部外者は立ち入り禁止だとまた言われてしまうかなと思い辺りを見たが、他の作業員はもういないようだ。
「相模さん」
「お、こんちは――いやこんばんは、だっけか?」
「残業ですか――?」
「残業?」
「もう暗くなるのに、と思って――手元、見えないんじゃありませんか?」
「大丈夫」
人造兵もネコのように夜目が利くんだろうか?銀嶺は思いながら作業している相模の後姿を眺めた。
「よっしゃ、今日の分、終わり!」
やがて相模は言い、道具を纏めて肩に担ぐとすたすた歩き出した。事務所に片付けに行くらしい。銀嶺は彼の後を追って行った。
いつの間にか日は落ちて、外灯が灯り始めている。事務所は電気がついておらず真っ暗で、誰もいないようだ。相模は建物の中に入っていく。銀嶺はドアの所で待っていた。
工具を片付け、相模は事務所内から出てきた。ドアノブについている鍵を回して施錠する。
「相模さん、仕事熱心なんですね……」
銀嶺は感心して言った。
「熱心っつうか、毎日ノルマこなしてかないとどんどん溜まっちまうからなー」
「忙しいんですねえ……この会社って、能率給か何かなんですか?」
銀嶺が何気なく訊くと、相模はきょとんとした顔をした。
「のうりつ?」
「ですから、一つ解体するごとに幾ら、とかで請け負ってるのかなと思って」
「さあ?」
首を傾げた相模を見ているうち、銀嶺はハッと思い当たった――どうも――何かがおかしい。
相模は昼休憩もまともに取らず働いている。灯りの落とされた作業所で、与えられたノルマが終わるまでたった一人で残業している。そう言えば初めて会った時、あの日は週末だった。ひょっとして、作業所は休みだったのではないだろうか?その証拠に、他の作業員が誰もいなかった――
「相模さん」
「ん?」
銀嶺の真剣な表情を見て、相模は妙な顔をした。
「あなたの仕事、どういう契約になってるんですか?お給料、幾ら貰ってるんです?超過勤務手当ては――」
「え?え?」
相模は目を白黒させている。
「なんだよ、銀嶺さんてば――音羽みてえな質問の仕方するなあ……ええと……給料?報奨の事?それだったら、月に二万もらってるけど……」
「二万!?たったの!?」
銀嶺は目を剥いた。
「それじゃ生活できないじゃないですか!」
「できなくないよ……革命軍が用意してくれた宿舎に住んでるから、そこで日に一食は無料で食わせてもらえるんだ。仕事は見習い中なんだから、そんなもんなんじゃねーの?」
「そうだとしても少なすぎます!残業もしてるのに!休みは?何日貰ってるんですか?」
「休み……?ないけど……」
「ない!?そんな!死んじゃいますよ!」
「死なないよ……俺ら戦地に出たらそれが普通だもの……夜は休めるし、ましな位だよ」
「ここは戦地じゃありませんッ!」
怒鳴りつけた銀嶺を相模はぽかんと見つめていたが、急に笑い出した。
「お――面白え!」
「はい!?」
「あんたがそんなでかい声出せるなんて知らなかったなあ……それに、その尻尾!」
「え!?」
「太くなってる」
銀嶺は、自分でも知らないうちに相当興奮していたらしい。上着の下に隠していた尾が、毛を逆立て、裾を持ち上げて飛び出していた。
「あ……いやその……」
銀嶺は恥ずかしくなり、赤面しながらめくれていた上着の裾を両手で直し、尻尾に被せた。
「す、すみません、怒鳴ったりして……」
小さくなって詫びると、相模はなんともいえない優しい目つきをして銀嶺を眺め、言った。
「謝んなくていいのに――ほんとカワイイなあ、あんた」
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