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第16話

落ち着け、この人に――そんな気がないのはハッキリしている――銀嶺は自分に言い聞かせながら、相模と肩を並べて歩いた。人造兵は性欲を持たないのだから、私を可愛いと言ったからって、私に興味があるという事ではない。彼を意識する必要は無い―― こっそり隣の相模の顔を見上げた。街灯の明かりが、彼のシャープな横顔の輪郭を縁取っている―― 「相模さん」 「んー?」 「良かったら、一緒に食事に行きませんか?あの……ご馳走させてください」 「ご馳走?なんで?」 「それは――もう少し――」 一緒にいたいから、と続けて言いそうになったのを慌てて飲み込んだ。 「ええと――もう少しで私達みんな、あの船の中で死ぬところだったじゃないですか?あなた達のお陰で助かったので、お礼が……したいんです」 「俺達というか……ノアのお陰だよね」 相模は夜空を見上げて言った。 「あいつがちびっこかったから作戦が上手く行ったんだよな……少しは大きくなったかねえ?……あ、そう言えば、俺ネコ見てさ、初めて、カワイイ、とかカワイソウ、とかがわかるようになったんだぜ」 「初めて……?」 「うん。それまで、天城にしつこく――あいつホントしつこいんだよ、あきらめ悪いっつぅか――カワイイとかってのがどういう事か説明されたから、一応意味は知ってたんだけど」 「はい……」 「でも自分の感覚としてそれがわかったのは、ノアやあんたと知り合ってからだな。同じ兵隊仲間の連中を見たって、全然カワイイなんて思わねえもん」 銀嶺は訊ねた。 「あなたにとって――可愛いというのは――どういう感じなんでしょう……」 相模は暫し考え、答えた。 「俺よっか小さくて弱くて、柔らかいから……つい触ったりかまったりしたくなる、ってことかなぁ――合ってる?」 「……ええ、合ってると思います」 銀嶺は頷き、微笑んだ。 そのまま暫く歩き、銀嶺は時々食事しに行く店に相模を案内した。美味しいし、ボリュームがあるので相模もおそらく満足してくれるだろう、と思ったからだった。 店の近くまで来た時、驚いた事に大隅と出くわしてしまった。 「銀嶺!何度も電話してるんだぞ」 大隅がなじるように言う。撮影現場で別れてから、銀嶺は大隅からの電話には応えずにいた。 「もう用事はないので。お話しすることもありません」 言った銀嶺に、大隅は縋るような表情を見せた。 「冷たい事言わないでくれよ――俺達、終わった訳じゃないだろう?」 「止してください。友人がいるんですから」 「ああ……友人、ね……」 大隅は、銀嶺の隣の相模を見た。 「これから食事かい?君はここが気に入ってたから――来るかもしれないと思って待ってたんだ」 そうだった――銀嶺は内心しまった、と思った。この店は大隅に連れて来てもらって知ったのだ。 「待ってたなんて……悪い冗談は止めて下さい。大隅さんにそんな暇がないのは分かってるんですから」 仕種で相模を促して店の入り口に立つ。 「君に会えないせいで仕事も手につかないんだ――食事、おごるよ。この間のお詫びだ。そちらの彼にも」 大隅は銀嶺の前にさっと割り込みドアを開けた。本気で同席するつもりなのだろうか?銀嶺は呆れて大隅の顔を見た。 案内係の男性が恭しく現れて声をかける。 「いらっしゃいませ、三名様ですか?あ……」 ふと男性の表情が曇った。 「あのう、大変申し訳ないのですが――そちらのお客様の服装ですと――うちはご利用頂けないことになっていまして――」 彼の視線は相模に向かっている。 「ん?俺?」 相模は自分の格好を見下ろした。 「服装規定があんの?」 「はい……」 「そっか。ごめんな」 相模は別に抗議もせず、店の入り口から離れて行こうとする。銀嶺は慌てた。 「待って下さい!相模さ……」 大隅が銀嶺の言葉を遮った。 「ああそう!残念だが仕方ない。じゃあまた!」 相模を追おうとした銀嶺の肩を、大隅は無理矢理捕まえて抱き、店へ入ろうとする。 「放して下さい!」 銀嶺は大隅の腕を振り解いた。 「大隅さん、この店にドレスコードがあるってこと、ご存知だったんですね!?」 今まで一緒に来た人々が入り口で止められた経験がなかったため、銀嶺はその事を知らずにいた。 「あなたがそんな――意地の悪い人だとは思ってませんでした」 「意地悪をしたつもりはないよ。むしろ親切心だ」 大隅がむっとした表情で言う。 「一緒に店へも入れない程度のあの男が、君と釣り合わないのは見たらすぐにわかるじゃないか」 「彼は――友人だと言った筈です!」 情けないのと怒りとで声が震えた。 「恥をかかせないでください!それから――もう――電話もしないでください!」 言い捨てて銀嶺は相模の後を追った。 脚の長い相模は一人だと歩くのが早い――銀嶺は走ってようやく彼に追いついた。 「相模さん!」 「お?あれっ?いいの?あの人置いてきちゃって」 相模は気を悪くした風もなく、銀嶺に尋ねる。 「いいんです――よく知らない人なので」 銀嶺は息を整えながら答えた。 「すみませんでした――あの店の事もよく知らなくて。あの、まだ間に合いますか?」 「なにが?」 「食事です、おごるって約束」 「うん間に合うよ」 相模が頷きながら笑った。その邪気のない笑顔を、銀嶺はじっと見つめた――私は――この人が好きだ―― 「もし良かったら、相模さんの知ってるところへ行きませんか?そこで何か食べましょう」 「俺の知ってるとこ?うーんと……あ、そうだ、教育担当官が連れてってくれたとこがあるよ。なんだかよくわからない食い物だったけど、美味かったんだよなー」 相模が銀嶺を連れて行ったのは、店ではなく、駅前に出ている小さなおでんの屋台だった。 あまり安定の良くない木製のベンチに並んで腰掛ける。 「あ、ちょっと」 相模が後ろを振り返って呟いた。低めのベンチから垂れて地面に付いていた銀嶺の尾に手を沿える。 「椅子にのせといたほうがいい――引きずると汚れちまう」 「ありがとう――」 自分で動かせば済むのだが、銀嶺は相模の手が自分の尾をそっと持ち上げ――ベンチにのせてくれるのにまかせた。

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