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第18話
「やけにサイレンがうるさいな――」
厨房でフライパンを振っていた晋は、窓の外に目をやって呟いた。その時、店の入り口が開けられる音がし、誰かが怒鳴るのが聞こえた。
「経過監察体一号!速やかにこちらへ出て来い!」
晋の隣で卵をかき混ぜていた天城の手が止まった。
「なっ――なんだよ!?」
晋は厨房の入り口から顔を出し、店を覗いた。ドアの側に立ち尽くしているノアの前に、武装した兵が数人、小銃を構えて立っている。店内にいた客は皆青褪め、兵たちを見つめていた。
「ノアこっち来い!――オイ手前ェら!ここは俺の店だぞ!物騒な物振り回すんじゃねえ!」
晋は大股で店に出、自分の背後にノアを押しやりながら言った。
「責任者の方ですか?革命軍から、政府軍人造兵の回収令が出されました。直ちに引き渡していただきたい」
先頭の兵が言った。
「なんだって?回収令?」
晋は目を吊り上げた。
「ふざけんな!天城は問題なんか何も起こしてねえぞ!」
「問題を起こしたのは、一号ではなく三号です。しかし規定で三体全て、同時回収する事になっています」
「なんだそりゃ!?そんな訳のわからねえ規定があるかい!」
頭にきて、晋は手にしていた木べらを振りかざし叫んだ。
「うちの従業員勝手に連れてったりなんかさせるもんか!どうしてもって言うんなら、俺を倒してから行きやがれッ!」
「従っていただけないと、公務執行妨害で逮捕させてもらいますよ」
兵は脅すように言った。見ると、彼らの後ろに警官も来ている。
「この俺がそんな脅しで怖気づくとでも思ってるのか!?舐めんな!」
わめいた晋の後ろから、天城が声をかけた。
「店長――どいてください」
「お前は厨房入ってろ!仕事中だろ!」
「ありがとう店長――」
身に着けていたエプロンを外しながら、天城は静かに続けた。
「でも、回収令が出されたのなら、俺は従わないとなりません。店長、ノアのこと――よろしくお願いします」
津黒は部屋の奥で埃を被っていた旧式のパソコンを探し出し、古書店のショーケースの上に置いた。
「うわー……動くかなこれ……」
試しに電源を入れてみる。機械は一応点き、反応があった。
「あ、大丈夫だ。ふう」
昔打ち込んだ小説のファイルを開いた――先日、音羽に渡した自作小説の続きを書いてみるつもりなのだ。津黒の作品を読み終わった音羽が、あの話に書ききれなかった部分について色々質問してきたので、その辺りをちゃんと書いて、また読ませてみようかと言う気になったのだった。
「あの音羽ちゃんが内容について訊ねてきてくれたって事は……まあ興味深く読めたと受け取っていいんだろうからな……」
津黒は独り言を言いながら、続きを打ち込み始めた。
音羽が古書店にやってきた時、津黒は古びたパソコンにはりつき、一心不乱にキーを叩いていた。
「店主?」
訊ねたが返事をしない。集中しているようなので、音羽は邪魔しないようにそれ以上声をかけるのはやめ、店の棚から本を取ってきて自分用の椅子に腰掛け、読み始めた。
「ふあー」
暫くして津黒が伸びをした。
「済んだのか?」
「うわあ!」
音羽が声をかけると津黒は飛び上がって驚いた。
「な、なんだ、音羽ちゃん……来てたのか」
「驚かせて申し訳ない。声をかけたが気付かないようだったので、勝手に本を読ませてもらっていた」
「そっか、もうそんな時間か――」
津黒は店の柱時計に目をやった。音羽が立ち上がって津黒に近付く。
「脱ごうか?」
「あ。ええと――」
津黒はしばし考えて答えた。
「今日、そっちはいいや……ちょっとそこらにコーヒーでも飲みに行かない?奢るから。なんか俺、アンタと話ししたい気分なんだよね――付き合ってくれる?」
「構わない」
音羽は頷いた。
財布をポケットに突っ込み、津黒は店を出た。音羽が出てくるのを待って施錠しようとしていると、激しくサイレンを鳴らしながら、パトカーが一台、窓の極端に小さな軍用車両を先導して走って来た。車はそのまま古書店の前に横付け、警官と武装した兵が数人、そこからばらばらと降りてこちらに走って来る。
「え!?サツ!?うわ!なに!?」
俺、何かやらかしたっけ!?津黒は顔を引き攣らせた。
「経過監察体2号!革命政府の回収令により、貴様を連行する!」
思わず頭を抱えた津黒の脇を彼らは素通りし、後ろにいた音羽を取り囲んだ。音羽は特に表情も変えず、黙って兵たちを見返している。
「ちょ、ちょっと――何事?」
音羽が後ろ手に手錠をかけられたのを見て――普通の手錠ではない。もっと頑丈そうな、手枷の様な物だ――津黒は慌てた。
「なんなんだよ急に!?こいつがなんかしたっての!?」
「経過監察中の政府軍製人造兵が一体、民間人相手に傷害事件を起こした。よって規定により、全て回収する事になったのだ」
兵の一人が答えた。
「規定!?回収!?どういうこと!?」
兵はそれ以上津黒には答えず、抵抗しない音羽を乱暴に引きたて、軍用車へと押し込んでしまう。
「ま――待ってよ!?音羽ちゃん!」
叫ぶ津黒を通りに残し、車はあっという間に走り去って行ってしまった。
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