天城が連れて行かれてしまってから、ノアと晋はすぐに収容施設へ向かった。だが入り口で止められて、敷地の中へすら入れてもらえない。あきらめて一旦店へ戻り、ノアはそこから、前に貰った革命軍の統治責任者、岩崎の連絡先へ電話をかけてみた。岩崎は、すぐ執務室へ来て良い、と言ってくれた。 ノアと晋が岩崎の待つ革命政府のビルへ行くと、岩崎は厳しい表情で二人を出迎えた。 「今回の事は――私も本当に残念なんだ」 岩崎は言った。 「一体どういうことですか？」 晋が訊ねる。 「ニュースじゃ三人の兵のうち、暴行事件を起こしたのは一人だけだって言ってました。天城まで連れてくこたぁないじゃありませんか！」 「しかし、彼らは同じ行動基盤を持っている。一人がやったなら、他の二人も同じことをやる可能性が極めて高いんだ」 「暴行事件なんて信じられません」 ノアは必死に訴えた。 「僕は船であの人たちとずっと一緒にいました。いきなり暴力を振るった事なんて、一度もなかったです！」 「だが事実だ――」 岩崎は机の所へ行って、書類の束と、小さな録音機を持ってきた。 「監察官の報告によると――事件を起こしたのは相模くんでね。襲われたのは、銀嶺くんという、君と同じバイオペットだそうだ」 「そんな事――！ますます有り得ません！相模さんが銀嶺さんを襲っただなんて！絶対に出鱈目です！！」 叫んだノアに向かい、岩崎は悲しげに頭を振った。 「出鱈目ではないんだ――ここに、病院で銀嶺くんの証言を録音した物がある」 岩崎が録音機の音声を再生する。 ――『では、その人造兵が、いきなりあなたをソファに押し付けたんですね？』 『そうです。抵抗したけど、力が足りなくてどうにもなりませんでした』 『その時顔を殴られたんですね？それがその傷ですか？』 『そうです。口を塞がれたので噛み付いたら殴られて』 『その手首の痣も？』 『ええ、そうです。掴まれた時に』 『さらに人造兵は、止めようとした作業員を投げ飛ばして怪我をさせたと』 『はい。何もかもあっという間で――』 驚いた余りふらついたノアを、晋が支えた。確かに銀嶺の声だ。でも――信じられない。 岩崎が口を開いた。 「幸い怪我人だけで済んだが――被害者の一人は危うく殺される所だったそうだ。これを見たまえ」 書類に留め付けられた、無残に砕けたコンクリートの床の写真を晋に指し示す。 「素手でこの破壊力なんだ――政府軍が製造した人造兵を我々の社会になじませようという計画は、最初から無理があったのかもしれない……。しかし、彼らが娘の命の恩人である事には間違いがない。だから余計に残念でたまらないんだ」 「しかしなんとか――なんとかならないですか？天城のヤツは何もしてないんですよ！？」 晋が必死に食い下がる。 「私もなんとかしたい――処分の決定は出来る限り引き伸ばすつもりでいる――だが、私のここでの任期は間もなく終わってしまうんだ……後任の統治責任者は、人造兵の解放には最初からかなり強硬に反対していてね――彼が責任者に就任したら、おそらく――」 ノアは晋の腕に支えられながら唇を噛んだ。 晋が収容所で門前払いされたことを話すと、岩崎は、せめて相模以外の兵には面会を許可するよう伝えておく、と約束してくれた。 翌日、ノアと晋は再び収容所へ行った。岩崎が話を通しておいてくれたようで、今度はなんとか面会にこぎつける事ができた。 間を分厚いアクリル板で仕切られた面会室に連れてこられた天城の顔を見て、ノアは衝撃を受けた。収監されて数日しか経っていないのに、天城は憔悴しきって――土気色の顔をしている。仕切りの前に置かれた椅子に腰掛けたが、身体をまっすぐ起こしているのがかなり辛いようだ。 「天城さ――」 彼の様子の痛々しさに、胸が詰まって言葉が出てこない。ノアは思わず椅子から立ち上がり、二人の間を隔てているアクリル板に手をあてた。 「ノア――店長も。すみません、わざわざ……」 「大丈夫か？」 晋が心配げに訊ねる。 「大丈夫です――なんだかね、身体が言う事きかなくて。きっと今まで店長の美味いまかないばっか食ってたからです。ここの飯、まずいんですよ。知らないうちに贅沢になってたんだな、俺」 天城は力なく笑った。 「今度差し入れ持ってくる！」 晋が叫んだ。 「それは――無理なんじゃないかなあ……」 天城が困ったような笑みを浮かべて答えた。 「岩崎さんになんとか頼んでみる！」 「ありがとうございます店長。――ノア」 ノアはアクリル板に顔を寄せた。こんな物――なければいいのに。彼を連れて、今すぐここを逃げ出したい。 「元気で――ちゃんと飯食って、仕事も頑張れよ？俺がいなくなっても、大丈夫だな？」 ノアは答えられなかった。 「大丈夫だって約束してくれ――じゃないと――」 天城の身体が前に傾いだ。手枷の嵌められた手を膝に置き、倒れないよう身を支える。 「天城さん！？」 「大丈夫――ちょっとくらっとしただけ――約束するな？頼む、ノア――」 ノアは夢中で頷いた。それを見て、天城はほっとしたように微笑んだ。だがノアは、心の中で謝った。天城さん、嘘ついてごめん。天城さんがいなくなったら――僕はもう生きるつもりはない。あなたが処分されてしまうならその同じ日に……僕も一緒に命を絶ちます――