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第23話
銀嶺は疲れ切っていた。
自分の証言が全く違った風に報道されている事を知ってから、関係機関や新聞社など思いつくところに片っ端から連絡したり訪問したりしてみたのだが、どういう訳かまともに取り合ってもらえない。相模が働いていた作業所へも行ってみたが、あの時の作業員達はおらず、尋ねても誰も彼らの連絡先を知らないと言う。収容所へも行ったが、面会は許されなかった――邪魔をされているとは感じるのだが、それがなんなのか、何故なのか、銀嶺には見当がつかなかった。
しかし何もしないではいられない。このままでは、自分のせいで相模達が解体処分にされてしまうのだ――そんな事になってはたまらない。銀嶺は今日も、革命政府の庁舎へ、あの時病院へ現れた監察官に会わせてもらえるよう頼みに行った。
先日と同じく受付番号を渡されて待つように言われ、銀嶺は被っていた帽子を取ってロビーの椅子に腰掛けた。あのネコがまた来てる、と職員に印象付けようと思ったからだ。また待ちぼうけを食わせるつもりだろうが、絶対にあきらめない、日参してやる、と銀嶺は決意していた。
ふと顔を上げると、庁舎の入り口の回転ドアを押し、大隅が入って来るのが目に入った。自分がここにいるのをモデル事務所で聞いたのだろう。
「銀嶺――所長が心配してるぞ。仕事、全部断ってしまってるそうじゃないか。せっかく売れてきてるのに」
側へ来た大隅が小声で言った。銀嶺は答えず俯いた。
「あんな人造兵のことはもう放っておけよ……どうだっていいじゃないか」
「よくありません。今回の事は全部私のせいなんです」
「お前のせいなんかじゃない。あの人造兵のせいだ」
「……報道は全部間違いなんです。私を襲ったのは、作業所の人間でした。相模さんは私を助けてくれただけなんです……」
俯いたまま、もう何度言ったかわからないその台詞をぼんやりと口にした――どうして誰も――信じてくれないのだろう。
「その事は所長から一応聞いたよ……なあ、俺が記事にしてやろうか?うちの雑誌で取り上げるよう編集長に掛け合ってやるよ」
銀嶺は顔を上げ、大隅を見た。
「記事になったら――信じてくれる人が現れるでしょうか?そうしたら――相模さんは解体されずに済むでしょうか?」
「上手く行けばね――そしたら、俺のとこへ戻ってくるか――?」
相模を助けられるならなんでもする、そう思って銀嶺は頷きかけた。と――二人の前に見かけない男が立った。
「無理無理……世間知らずのお坊ちゃんライターが太刀打ちできる相手じゃないから」
今の会話を聞いていたらしく、咥え煙草のその男は言う。
「なんだって?」
大隅が男を睨みつけた。男はその大隅を無視し、銀嶺に向かって名刺をさし出した。受け取ってみると名前と電話番号しか印刷されていない。
「浅田――さん?」
「事務所の所長さんに、ここに居るだろうと教えてもらったもんでね。銀嶺さん、襲われた時の状況を詳しく聞かせてもらいたいんだが――いいかい?」
「そこの方、ロビーは禁煙ですよ」
窓口から首を伸ばして受付の女性が言う。
「おっと、いけね――じゃ、場所変えようか」
浅田は首を竦め、銀嶺の手を取って立ち上がらせた。
「おい!なんなんだ一体!?誰だよあんた!?」
慌てる大隅に向かい浅田はからかうように
「正義の味方」
と答えた。
何がなんだかわからないうちに銀嶺は浅田に手を引かれ、庁舎の外へ出た。大隅も追って来る。
「あの――どういう事なんですか?私の話を聞きたいって――」
「オイ待て!」
後ろから大隅が怒鳴った。浅田が振り返って言う。
「お宅は帰っていいよ」
「何を勝手な――その手を放せ!」
大隅は、銀嶺の手を握っている浅田の腕を掴もうとした。だがあっという間に浅田に逆にその腕を取られ、背中に捻り上げられて悲鳴を上げた。
「いてて……!な、なにをするんだ!」
「ちょっと!乱暴は止めて下さい!」
銀嶺が驚いて止めると、浅田はすぐに手を放した。大隅に向かって言う。
「どの雑誌かは知らんが、あんたのとこじゃ、この件は取り上げちゃくれないと思うよ」
「え?」
大隅が腕をさすりながらぽかんとした顔をした。
「マスコミには既に手が回ってる。この件に関してはこれ以上報道するなって言う御達しが上から出てるんだ」
「そんなこと――あるはずが――」
「あるんだよそれが。疑うんだったら自分の会社で聞いてみな」
浅田は煙草を指で挟み、煙を吐き出した。
「あんたにゃ出来る事はない。だから帰っていいって言ったんだ――ライター生命かける、ってなら話は別だが」
大隅が当惑したような笑みを浮かべる。
「ライター生命だって?……そんな大仰な……」
「大隅さん」
銀嶺は言った。
「この人の話聞いてみます。ご迷惑がかかるといけませんから、大隅さんは帰ってください――わざわざ来てくれてありがとうございました」
「本気か銀嶺?大丈夫か?」
「大丈夫です」
銀嶺が頷くと、大隅は浅田をちらりと見
「なにかあったら……電話してくれよ?」
と言い残し帰って行った。
「さーてと、庁舎の近くは止めといた方がいいかな、念のため」
言って浅田は、駐車場へ銀嶺を連れて行った。
駐車場を出て暫く車を走らせ、浅田は目に付いたレストランへ入った。店のドアを開けて一番に
「喫煙席ある?」
と訊ねる。余程のヘビースモーカーなんだな、と銀嶺は思った
「浅田さん、何か知ってらっしゃるんですか?」
席についてすぐ銀嶺は訊いた。
「マスコミが規制されてるって、本当なんですか?」
煙草とライターを引っ張り出しながら浅田が言う。
「ホント。テレビ、週刊誌、新聞、どこの報道でも革命政府からの公式発表以外なーんも出てこない。こんなことは普通ありえない」
「なぜ……?」
「まだわからない。それを俺とアンタで、これから暴こうって訳」
「私とあなたで――?」
浅田は次の煙草に火をつけながら頷いた。
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