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第25話
晋はノアのことが心配だった。体調が良くなかったりひどく気を落としたりしているわけではない。逆に様子が――余りにも普通すぎるのだ。
天城への差し入れはどんなに頼んでも許可が下りず無理で、晋は悔しい思いをした。
店を閉めてしまうわけにはいかないので晋自身が頻繁に会いに行くのは無理だったが、ノアには毎日天城の所に行かせた。時折晋も面会するが、その度天城の憔悴ぶりが酷くなっているのがわかり、その様子を見るのが辛い。ノアもそれはわかっているはずなのだが、何も言わない。ノアは店にいるときには天城がいなくなった分、いつも以上に仕事をこなし、晋が出してやる食事もきちんと食べていた。
「ノア――」
「なに?」
厨房で皿を棚からおろしていたノアが振り返った。
「お前――無理してるんじゃないのか?しんどかったら、休んでいいんだからな」
皿を抱えたノアは慎重な様子で踏み台を下りてから、晋に向かって微笑んだ。
「――大丈夫。そうだ、求人いつ出すの?早く新しい人雇わなくちゃ、おっちゃん一人じゃ大変でしょ?」
「いや……それは……」
晋は言い淀んだ。どうしても――天城の後に人を入れる気になれない。それに、あいつがもう戻ってこないなんて考えたくない――
「……そのうち……でいいんだ……」
「そう?」
皿を整理し終わり、店へ出ようとしているノアに、晋は声をかけた。
「ノア。お前――変なこと考えてるんじゃないだろうな?」
「変なことって?」
ノアは晋に背を向けたまま答える。
「いや――なんでもない……」
晋は手にしていた布巾をシンクに放りながら言った。
店のドアが開く音がした。ノアが応対する。
「いらっしゃいませ――あ、木内のおじちゃん、こんにちは」
常連客の一人だった。
「こんちはノアちゃん――よう、晋ちゃんよう、あんたとこ、アレやってたっけ?」
「アレ?」
「あのアレ――なんつったっけ。インター……なんとかいう……」
「インターネットのこと?用もねえから使ってないけど?それが?」
「孫が言ってたんだけどさあ、なんかそのインターで、ネコが人造兵の事件について喋ってるのがあるんだと。ひょっとして、天城君と関係あるんじゃないかなと思って」
ノアが叫ぶようにして訊ねた。
「それ――なんですか?どういう意味ですか?」
「あ、じゃあちょっと待ってて。孫呼んで来るから」
木内は言い、やがて学生らしい若者を連れて戻ってきた。
「誠、この子にさっきの見せてやって」
「うん」
彼は頷くと、ノアに小さな機械の端末を差し出した。モニター画面に映像が映し出されている。
「銀嶺さん――?」
ノアが呟いた。
晋も画面を覗き込んだ――小さな映像の中で喋っているのはノアと同じタイプのバイオペットで、銀嶺という名前らしい。窓にカーテンが引かれたどこかのビジネスホテルの一室のような場所で、政府軍製の人造兵が起こした暴行事件について詳しく語っている――彼は現在報道されている内容が全て自分が証言したものとは全く違っていると言い、兵には全く非が無かったことを必死に訴えていた。
画面には映っていない女性の声が、銀嶺に訊ねる――
『では、あなたに怪我を負わせたのは、その作業所の職員なんですね?』
『そうです。事実は全く逆です。なぜこんな事になったのかわからない。私は始めから、そう説明したのに』
『それではまるで、最初から何か意図があって、政府軍製の人造兵を陥れたかのようですね?』
『そうとしか思えません――でも、私のせいなんです――私が余計な事をしなければ、あんな事件はおきてなかったんですから――』
『しかし、あなたは人造兵が職場で不当な扱いを受けている事に対して抗議されただけでしょう?当然の行動だと思いますが』
『当然ではなかったのかも――』
銀嶺は小さく言った。
『人間と――人造生命体が平等だなんて、思い上がった事を考えてはいけなかったんです……相模さんがこのまま解体処分になんかされたら――私はもう、生きていられません……生きたいとも思わない……そうなったら……取る道は決めています……』
銀嶺の声は微かに震えていた――画像が小さくて表情ははっきりとは見えない。気丈に前を向いてはいるが、きっと彼は泣いている――銀嶺がいたましくなって晋は映像からやや目を逸らした。
ノアに端末を貸してくれた誠が言った。
「この映像がネットに上がってから、削除されたり再アップされたりのイタチごっこが暫く続いたんだ。どうも裏でなんかある臭いよね。今は全部消されちゃったみたいだけど、俺みたいに保存したヤツもいっぱいいるし、この銀嶺ってモデルのファン連中も騒ぎ出してるんだ。ネット情報の規制に反対するグループも加わって、けっこう大事になってきてるよ」
「これ……お借りすることできませんか?統治責任者の岩崎さんに見せたいんです」
ノアが頼むと、誠は頷いた。
ノアが岩崎に連絡を取ったのとほぼ同時に、報道関係でいくつか動きがあった――まずニュース番組が、ネットで話題になっているということで銀嶺の映像を取り上げた。出所がわからない物のため信憑性が疑われるという意見もあったが、この報道によって多くの人間が、革命軍の対応に不信感を覚える事になった。映像での銀嶺の健気な様子が印象的だったために、人造兵やバイオペットに同情を寄せた人も多かった。
やがて、あるゴシップ誌が、報道規制を破って暴行事件に関する浅田の書いた記事を掲載した。
浅田は暴行の被害者とされている作業員達が、革命軍の一部機関から不当に高額の補償金を受け取り、その代わり真相を他に漏らさないと約束させられていた事実を突き止めていた。さらに、今度この星の統治責任者に就任する予定の人物が、捕虜にした政府軍製人造兵を、性奴隷用に販売したり、回収した人造兵のパーツ――培養臓器のことだが――その横流しを計画しており、そのために今回の人造兵解放計画を失敗させるよう、始めから画策していたという事を暴いていた。このゴシップ誌を皮切りに、新聞なども事件を再び取り上げ始めた。
一方ノアから連絡を受けた岩崎も、この星の革命軍政府機関の内部調査を開始させていた。結果、次期統治責任者になるはずだった人物と、革命軍政府の役人数名による不正行為が暴かれ、さらには彼らが裏で敵側と繋がっていたことも明るみに出た。革命軍の中央政府はこの結果を受けて岩崎の任期延長を決め、彼が引き続き事態の収集に当たる事になった。
岩崎の仕事はまだまだ決着がつかないが、彼はまず一番に収容所にいる天城達の解放を命じた。そしてこれ以上の監察期間は不要とし、彼ら三人の行動に設けられていた制限も釈放と同時に全て解かれる事になった。
晋の食堂にかかってきた岩崎からの電話でそれを聞いたノアは、受話器を握ったまま嬉しさに声を上げて泣いた――
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