26 / 86
第26話
岩崎から連絡を貰い、ノアと晋はすぐタクシーで収容所へ天城を迎えに行った。晋の父は数日前に退院し、今は自宅療養している。彼は常連客と共に、店で天城のための祝賀会を計画し、用意して待ってくれている。
収容所へ着くと、受け付けの所に銀嶺が来ていた。他にも知らない人々がいる。皆それぞれの人造兵の友人で、彼らの身元引き受け人になることを希望して集まったのだった。兵の面倒を見ていた教育担当官たちの姿もある。
皆が三人の解放を心から喜んでいる。晋が受け付けのソファで必要書類を記入している間、ノアは彼の隣に腰掛け、嬉しくて跳び上がりそうになるのを懸命にこらえていた。揃えた膝の上に両手を置き、収容所の通路に繋がるドアをじっと見つめる――天城さんがあそこから出てきたら、もう絶対に離れないんだ。ノアはそう決めていた。
やがてドアが開けられ、収容所の職員の後ろから相模が姿を現した。もう手枷は嵌められていない。
「相模さん!」
銀嶺が駆け寄り、相模の手を取った。相模は不思議そうに辺りを見回している。
「え?なに?なんで?最後の挨拶?」
相模は自分達が解放された事をまだ知らないらしい。銀嶺は言葉が出ないようで、涙を浮かべて彼を抱きしめた。
相模に続いて音羽が出てきた。彼も皆の顔を見て首を傾げている。
「音羽ちゃん!」
スーツ姿の男性が音羽に声をかけた。
「どうしてたよ?」
「どうということもない」
男性はそれを聞くと声を上げて笑った。音羽は納得しかねる様子で彼に訊ねている。
「これは――何事だろうか?」
「なんだ、説明されてないのかい?参ったな……あんた達三人とも、解放になったんだよ!」
「解放?急に?なぜ?」
「なぜでもいいじゃん!」
スーツの男は音羽の肩を叩いた。
「とにかく、音羽ちゃんは俺の店にまた来られるんだ。もう門限もないから、好きなだけ居座ってて構わないんだぜ!」
ノアは彼らそれぞれの再会を喜ばしく見守っていた。天城もすぐ現れるはずだ――ノアは職員に尋ねた。
「あの、天城さんは……?」
職員が当惑した表情で通路を振り返る。そこには――ストレッチャーに載せられ運ばれてくる天城の姿があった。それを見たノアは一気に血の気が引いた。
「天城さん!?」
ノアの叫び声を聞いた晋が、書きかけの書類を放り出してストレッチャーの脇に飛んで来た。天城の体調が良くなかったのは知っていた。だがこんなに悪化していたのだろうか?
「釈放の連絡が入る少し前に倒れて――それから意識がないんです」
ストレッチャーを押していた職員が言った。
「表に救急車が来てます。病院に運びますので」
ノアは震える手で、天城の身体に掛けられた布から出ている彼の手を握り締め、職員に尋ねた。
「一緒に行っていいですか?」
職員が頷く。
「おっちゃん――」
ノアは晋を見上げた。晋が青い顔で答える。
「大丈夫。大丈夫に決まってる。こいつは頑丈なんだから――」
心配げに見守る銀嶺たちと別れ、ノアと晋は天城と一緒に救急車に乗り込んで、収容所を後にした。
病院に着いてから、晋とノアは廊下で少し待たされた。
やがて白衣の医師がやってきて、まだ意識はないがとりあえずの処置は済んだので、病室に入っても良いと言う。
ベッドに寝かされた天城の身体には、何本も管やコードが繋がれていた。医師が説明する。
「衰弱の原因がはっきりしないんです。ここは一般の病院なので、人造兵の体構造に詳しい者がいなくて――今、革命軍に専門家の派遣を要請してます」
ノアはベッドの天城を見つめた。酸素マスクがあてがわれた顔には生気がない。天城さん――せっかく解放されたのに、僕を置いて死んだりしないよね?ノアは唇を噛み、心の中で問いかけた。
「ノア、これ」
晋が椅子を運んで来た。
「ありがとうおっちゃん……」
「俺、ちょっと店へ一度戻るわ。必要そうなもの用意してくるから」
「うん……わかった……」
椅子に腰掛けたノアは晋の顔を心細い思いで見上げ、小さく頷いた。
病院から電話を入れ、晋は店へ帰った。店には父と常連客達が心配そうな顔で待っていた。
「どうなんだい?」
父が尋ねる。
「まだなんとも言えないらしい――これから専門家に来てもらうんだって」
晋は答えた。ほんの数時間前まであんなに嬉しそうにしていたノアが――今は病室で肩を落としていると思うと不憫で、辛くなってくる。
店の壁に、天城くんお帰りと書かれた横断幕がかけられている。客の誰かが作ってくれたのだろう。父が拵えておいてくれたらしいつまみや食べ物が、ラップをかけられテーブルの上で冷えていた。
「親父、これもらってく……ノアと病院で食べるから」
晋は言った。
「お、おお、そうだな。いっぱい持ってってやれ。あっためられるのか?」
「うん。レンジ借りられると思う」
晋は父が厨房から持ってきた容器に食べ物を移しながら、店の中のみんなに言った。
「あ、それから、その横断幕な、じき使うから。汚さないでちゃんと取っといてくれな――」
ともだちにシェアしよう!