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第27話
音羽を無事に引き取って、津黒は彼と一緒に収容所を出た。外は静かで報道陣の姿は無い。万が一の混乱を避けるため、解放の予定日は関係者以外には伏せられているという話だった。
借りてきた車に乗り込んでハンドルを握る。
「さてっと。さっそく本屋に行こうか――と思ったけど……音羽ちゃん、あんた服ひどいな」
着たきりだったらしい制服は、薄汚れて大分傷んでいる。津黒は訊ねた。
「収容所じゃ風呂とかどうしてたの?」
「水は出たので、一応洗ってはいた」
「この季節に水浴びかい……それじゃ洗濯なんかさせてもらえる道理がないわな……可哀想に」
津黒はブツブツ言った。
「軍支給の戦闘服であれば汚れはさほど目立たないし、ここまで傷まないのだが」
音羽は腕を持ち上げてほつれた袖口を眺め、出た糸を摘んで引っ張っている。
「そりゃ戦闘服はその安っぽい制服に比べりゃずうっと頑丈だろうよ……ええとじゃあ、とりあえずアンタのうちに行こうか。着替えないとなあ」
音羽の案内で彼がいた宿舎へ向かう。そこはワンルームの並んだ、寮のような作りの建物だった。部屋の前へ着くと、扉がわずかに開いている。
「あれっ……?」
津黒は言いながらドアを開けた。見ると中には家具も家電も、生活に必要なものが何も置かれていない。
「なにこれ?ここホントに音羽ちゃんの部屋?」
驚く津黒の脇をすり抜け、音羽は部屋に上がった。彼は空っぽの室内を暫く見回していたが、何も言わないまま畳の上にすとんと腰を下ろしてしまった。
「ちょっと音羽ちゃん!?あんた何やってんの?」
「何も」
音羽が答える。津黒は呆れて叫んだ。
「何もって!そうやって只ぼうっと座ってる気かよ!?」
「普段からこうだったので、別になんということも無い」
「なんということ無くないだろ!?まったくもー!赤んぼ並に手がかかるんだから音羽ちゃんは!」
津黒は部屋を出て、建物の入り口近くにあった管理人室へ向かった。
窓口の中にいた白髪頭の管理人は、眼鏡を押し上げながら津黒に事情を説明した。
「回収令が出た後、監察官って人が来てね、音羽さんの荷物は全部処理してっちゃったんですよ」
「処理!?捨てちまったんですか!?」
「使える物はどっかに寄付するって言ってたけど……家具なんかはもともと革命軍が用意した物だったらしいから、私物は殆どなかったようだよ」
「それにしたって……一切合切持ってっちまうなんて酷い話だな……どうやって生活しろって言うんだ……」
「役所に申請すれば、当座必要な物は支給してくれるんじゃないかねえ?前回はそうだったから」
「そうですか……」
「全くねえ……ここは庁舎職員用の寮なのに、いきなり兵隊連れてきて……ここへ置くから変な事しないか見張っとけなんて言うしさ……かと思えば予定変わって追い出したから後片付けしろって……で、今回また住まわせろ、でしょ。お上に振り回されるこっちはたまんないよ……」
管理人は津黒にぼやいた。
津黒は音羽の部屋に引き返した。音羽は相変わらず、がらんとした部屋の真ん中にぽつねんと座っている。
「音羽ちゃん」
声をかけると、彼は特に嬉しそうでも悲しそうでもない様子でこちらを見た。
「お前――ここ出て、俺んとこ来いよ」
ふいにそんな言葉が津黒の口をついて出た。
「店には行きたい……また本が読みたいから……」
音羽は独り言のように答えた。津黒は靴を脱ぎ、部屋へ上がると座っている音羽の前にしゃがみこんだ。
「そうじゃなくて……俺んちで一緒に住もうよって事。ここじゃいつまた追い出されるかわかったもんじゃない。上の連中の都合で好きにされんのはもう御免だろ?……なあ、俺とじゃイヤか?」
「よく……わからない……」
音羽が言う。
「自分は……命じられればそれに従うまでだ。疑問を差し挟む事は許されない……」
津黒は音羽の顔を見つめた。人の都合で作られ、利用される事しか知らない彼が憐れだった。
「もう命令する奴はいないよ」
津黒は伸びをしながら立ち上がった。音羽の手を取り、立ち上がらせる。
「さ、行こ。ここにいなくちゃならないなんて決まりはもう無いんだ。音羽ちゃんは俺のとこで、好きなだけ本読んでればいいんだから……」
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