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第28話

収容所から解放された相模を、銀嶺は自分の住んでいる部屋に引き取った。 収監前に相模が住んでいた部屋は、音羽の場合と同じく既に片付けられてしまっており、その上新しい住人まで居たため、相模は行く所を失ってしまったのだった。民間のアパートだったため、相模が連行されたという連絡を受けた大家はすぐに部屋を別の人間に貸してしまっていたらしい。 それから数日が経った――せっかく自由の身になったというのに、相模は銀嶺の所に来て以来ずっと打ち沈んだ様子で元気がない。外へも出ようとせず、一日中部屋の片隅でじっと身を潜めるようにしている……収監中の疲れが出ているのだろうからゆっくり休ませてやろう、と銀嶺は考え、暫く黙って様子を見ていたのだが――銀嶺の知る相模の快活さがなかなか戻らないため、日が経つにつれさすがに心配になってきた。 「……相模さん」 声をかけると、膝を抱えて床に座り込んでいた相模は、顔を上げて銀嶺を見た。 「あなたひょっとして……どこか具合が悪いんじゃないですか?ずっと食欲も無いみたいだし――」 「腹が減らないのは、単に動いてないからだけど――」 相模は答えた。 「あのさ――ちょっと聞きたいんだけど、いいかな?」 「はい、なんでしょう?」 銀嶺は相模の側に行って腰を下ろした。 相模が銀嶺の顔をじっと見て訊ねる。 「……俺、なんで未だに生かされてるの?」 「えっ!?生かされ……てる?」 「ずっと考えてるんだけど、やっぱりわからねえ。俺、先輩殴り殺すところだったろ?戦場であんなこと――人造兵があんな風に上官に手を出したりしたら、すぐその場で殺処分になるって決まってんだ。だから俺も、てっきり解体されるもんだとばかり……なのに――どうして突然収容所から出したりするんだ?その上結局なんのお咎めもナシって……革命軍のお偉いさんは一体何を考えてるんだ?俺に……何をやらせたいんだよ!?」 話しながら、相模はなぜか酷く苛立ってきた様子を見せた。 「だって――だってここは、戦場ではないから……」 相模が憤慨している理由がよくわからず、銀嶺は戸惑った。 「……だから、相模さんはもう上官に従う必要なんてないんですよ。矯正プログラムで習ったでしょう?今回の事だって、相模さんに非が無いって事がわかったから解放されたんです。あなたは自由で――」 「自由!?そんなはずねえだろ!?」 相模が吐き捨てるように言う。銀嶺は驚いて目を見開き、彼を見つめた。 「俺は敵軍に無様に捕まった捕虜だ。捕虜に自由なんかあるもんか!矯正プログラムとかだって俺にゃぜんぜん理解できねえ!俺は人に逆らった!理由はどうあれ、その事自体悪なはずだろ!?人造兵は人に従わなきゃならねえって決められてるんだから!」 銀嶺は言葉が出なかった。相模の言う矯正プログラム――銀嶺のようなネコたち向けには自立プログラムと呼ばれていたが――その内容はよく知っている。革命政府の統治下では人造生命体も人と同じに扱われ、自由も権利も等しく与えられる。自らの意思で自分の生き方を決めることができるのだ――銀嶺にとってはそれは画期的で素晴らしい事で、他の人造生命体たち――相模のような――彼らも皆、その事を喜んで受け入れているとばかり思っていた。だが―― 相模は自分を捕虜だと言った。彼はずっとそう考えていたのだろうか?革命政府から新たに与えられた仕事や生活も、自分を捕らえた相手の命令だからと、仕方なく従っていたということなのだろうか?そうだとすると、銀嶺が味わっていた開放感を、相模は全く感じていなかったことになる。 その時相模がいきなり立ち上がったので、銀嶺は思わず身を引いた。相模は興奮した獣のように息を荒げ、銀嶺に向かって叫ぶように言う。 「俺の身体の機能は全部戦闘用に特化されてるんだ!それなのに、もう戦う必要は無いなんて言われたら――存在する意味だって無くなっちまうんだよ!」 長身の相模に上から覆い被さるようにされ、一瞬銀嶺はたじろいだ。だが相模の――存在する意味が無い、という投げ遣りな言葉を聞いて思わず頭に血が上り、彼に向かって叫び返した。 「なに――なに言ってるんですか!?そんな訳がないじゃないですか!確かに私たちは、元は特定の用途のために人に培養された人工物です。でも、そんな私たちだって――ちゃんと生きてるんです!革命軍のプログラムは私にその事を教えてくれた!」 銀嶺も立ち上がった。そうしたところで銀嶺の身長は、相模の肩までしか届かなかったが。 相模の顔を見上げながら銀嶺は訊ねた。 「相模さんは今怒ってるでしょう?その感情がどこから来てるかわかりますか?」 「えっ?」 いきなり聞かれた相模は、何かを誤って飲み込んだような表情をした。 「あなたの中からでしょう?それは、誰かに命令されて感じてるんじゃありません。あなた自身がその感情を生み出してるんです。違いますか?」 「それは――その通りだけど――」 「上官はあなたの行動を命令で制限する事はできるけど、それに対して生まれてくるあなたの感情までを制限する事はできません。それはあなたが生きてるからです。生きてるものに、存在すべきとかすべきでないとか、誰も命令する権利なんて無い。だから――」 なぜかふいに、胸が詰まった。 「――お願いです。お願いですから、自分自身に存在する意味が無いなんて言わないでください。私はあなたに存在してて欲しい――生きてて欲しいんですから――」 興奮しすぎたのだろうか、銀嶺は途中から自分が何を言っているのかよくわからなくなっていた。 「ちょっ……銀嶺さん!?泣かないでよ!?」 相模がうろたえた様子で言った。 「えっ?」 気付けば、相模の顔がひどくぼやけて見える――いつの間にか銀嶺の両目からは涙が溢れていた。 「え、あれ……嫌だな――すみません。泣くつもりなんて――」 銀嶺の手よりやや早く相模が腕を伸ばし、頬を伝った涙を、彼の着ているシャツの袖でぎこちなく拭ってくれた。 「ごめん……」 「あなたが……謝る必要なんて――」 「俺、あんたの泣き顔見るの嫌なんだ……」 相模はため息をついて肩を落とした。 「あんたが泣くのは――『可哀想』だから見たくない。だからあの時、どうしても先輩を止めたくて――なのに、俺が泣かせちまっちゃしょうがないよなあ……」 「相模さんは……私を助けてくれました……」 銀嶺は呟いた。 「あのまま放っておく事だってできたはずなのに……結果を顧みずに、あなたは私を救ってくれた……」 「放ってなんかおける訳がないじゃん……」 「嬉しいです」 銀嶺は相模の顔を見つめ、微笑んだ。 「今――あなたの話を聞いて、あなたにとって、兵であること――上官の命令に従うことが、どんなに重要なことだったのか私にもやっとわかりました。それなのに、あなたはあの時私を助ける事を選んでくれたんですね……」 「うん。そうなんだよ」 相模は不思議そうな表情になって頷いた。首を傾げながら銀嶺に尋ねる。 「という事はつまり、俺にとって………上官の命令より、銀嶺さんの方が重要だってことになるんだよ。ううん、それって……なんでなんだろ?」 「さっ――さあ?なんででしょう……」 頬が熱くなるのを感じながら、銀嶺も相模に向かって首を傾げて見せた。

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