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第29話

天城が入院して数日後、革命軍から、人造兵について詳しいという専門家が病院に派遣されてきた。診察の間廊下へ出されたノアと晋は、これでどうにか回復のめどがつくに違いないと期待した。 やがて病室の扉が開いた。 「先生!どうですか?」 晋が急き込んで訊ねる。 「あ、いや――私は医師じゃありません。培養技術者なので」 細身で少し神経質そうに見える彼は、晋の勢いに戸惑ったように答えた。 「そ、そうか。で、どうなんです?天城の奴は」 「調べましたが、心臓などの臓器に深刻な損傷は見当たりませんでした。検査結果の数値を見ると、衰弱は回復してきてますね」 彼はバインダーに挟んだ書類を確認しながら答えた。 「人造兵には修復機能というのがあって――人間で言うと自己治癒力にあたるんですが、収監されていた間の栄養状態が悪かったために、今まではその機能がちゃんと働いていなかったんじゃないかと思うんです。現在専用の輸液で必要な成分を補ってますから、それが行き届けば意識も戻るはずです。本来人造兵は人間よりも回復が早いものなので、時間もそれほどかからないかと」 「ほんとですか!?」 晋は跳びあがるようにして彼を抱きしめた。 「さすが名医だ!ありがとう先生!」 「いや、ですから私は医者じゃ――」 「なんでもいいよ!俺より頭いいのは確実なんだから!」 晋はまだ彼を抱きしめている。 目を白黒させている技術者の男性に、ノアは訊ねた。 「あの、中に入ってもいいですか?」 「え?あ、ああ。いいですよ」 ノアは病室の扉を開け、天城の枕元に駆け寄った。見ると顔色が以前よりもずっと良い。青白かった唇にも色が戻ってきている―― 「天城さん……」 ノアは呟き、点滴の繋がれた彼の手をそっと握った。 「オイ天城!早く目ぇ覚ませよ!」 ノアの後ろに晋が来て言った。 「なんだチクショウ!栄養失調かよ!だからさんざん、差し入れさせろって言ったのに!あいつら頭固くて聞きやがらねえから!可哀想に、こんなんなるまでほっときやがって……」 ノアは振り返り、晋の顔を見上げた。 「目が覚めたら……天城さん、またおっちゃんのご飯食べられるね」 「そうだよ!」 晋はノアの肩に手を置いて言う。 「もう、いやってほど食わせてやるから覚悟してろ!」 それを聞いてノアは笑った。 その日の深夜、天城はベッドの上で目を開けた。晋は夕方から仕事だったため自宅へ帰っていていなかったが、病室に付ききりだったノアはすぐそれに気がついた。 「天城さん!」 嬉しさに溢れた声で叫んだノアに、天城がゆっくりと目をやる。 「天城さん――良かった!気分どう!?」 ノアは天城の手を握って訊ねた。しかし天城は声を発することはなく、視線をノアから外し、そのままぼんやりと天井を見上げている。 「天城さん……?」 不安がよぎった。まだどこか具合が悪いのだろうか? 「ちょっと待ってて。お医者さん呼ぶから」 ノアは枕元のコールボタンを押した。 「意識は戻ったけど――反応が無い?」 翌朝、ノアがかけてきた電話で、晋は天城の状態を知った。 「どういうことだ?」 「――話しかけても答えないし、僕の事もわからないみたいで――」 ノアが弱々しい声で説明する。 「あいつが?ノアの事がわからないって?そんなバカな話があるかい」 「お医者さんは、一時的なものじゃないかって言ってたけど……今日のお昼頃、また専門家の人が来てくれるんだって」 「そうか……あの人に診てもらえば原因分かるだろうし、きっと良くなるよ。大丈夫。俺も面会時間になったらすぐ行くから」 「うん、待ってる……」 普段は気を遣って店の心配をするノアがすぐそう言った。余程不安なのだ――店はまあ、人手も足りない事だし夕飯時だけ開ければいい。できるだけ付いててやろう。晋は思い、何か美味い物を作っていこうと準備のために厨房へおりた。 晋が差し入れを持って病室に着くと、意外な事に天城がベッドの上に起き上がっていた。ノアは何かしに出ているらしく部屋にはいない。 「え?なんだオイ。起きてていいの?――どうだい?」 ひょっとしてもう大丈夫なんじゃ、と期待したが、天城は晋が近寄って話しかけても目を合わせようとしなかった……と言うより、晋がいること自体に気付いていないようだ…… 「おっちゃん……」 ノアがコーヒーの紙コップを手に戻ってきた。無理してずっと起きていたのだろう、酷い顔色だ。 「ノア、その顔……昨夜も寝て無いんだろ。お前が倒れちゃ洒落にならねえ。俺が付き添うから帰ってちゃんと休め」 「うん……でも、専門家の人が来てからにする……」 ノアは力なく言った。 「そうか――じゃあ、せめて飯食え。天城……」 晋は作ってきたサンドイッチを取り出し、天城に差し出した。 「お前も食うか?」 目の前にサンドイッチをかざしても天城はぼんやりとしていて反応がまったく無い――どういうことなんだろう。晋はショックを受けた。ノアが近寄ってきて天城の手を取り、サンドイッチを持たせた。天城はパンを掴みはしたが、口に運ぶ様子はない。 「目が覚めてから……ずっとこんななのか?」 ノアは辛そうな表情になり、唇を噛んで頷いた。 「ちょっと……ちょっとの間、ここ出よう」 晋は言った。 「ノアお前、少し外の空気吸ったほうが良い。これ、中庭で食べよう。な?」 ノアの肩を抱きながら、晋は表に出た。 病院の中庭のベンチに並んで腰掛ける。 「おっちゃん……」 晋が持って来たサンドイッチを食べていたノアが心細げに言った。 「天城さん……どうしちゃったんだろ」 「医者が言うように一時的なものだよ、きっと」 晋は不安を振り払うように言った。 「専門家の人がすぐ治してくれる。心配すんな」 だがさっきの天城の様子――ノアも恐らく感じている。記憶が混乱しているとかそんな風な様子ではない。何か酷く――空っぽなのだ。今の天城は、まるで魂が入っていない人形のようだ。 午後になって、先日来たのと同じ専門家の男性が現れた。彼は病室で天城の様子を調べていたが、やがて晋たちに向かい 「うちの研究所に運んで、精密検査する必要があります」 と言った。 「研究所?」 晋は訊ねた。男性が頷く。 「こちらの病院では彼のような人造兵を詳しく調べるのは難しいと思うんです。研究所なら必要な設備が整ってますから」 その後、男性は天城を連れ、病室を出た。天城は病院の職員に導かれるまま男性の後に続いて病院の廊下を普通に歩き、迎えに来た車に乗りこんでいく。それを見て晋は驚いた――昨日まで昏睡状態だったとは思えない。しかし同時に不安も募る。体力はすっかり回復しているらしいのに、なぜ反応がないのだろう―― 天城が出た後、晋はノアと一緒に病室の荷物を纏め、片付けた。これから暫く天城は研究所に預かってもらうことになる。専門機関の施設なので部外者の出入りは制限されており、側に付いていることはできない。だがノアのためにはその方が良いかもしれない――晋はそう考えた。ろくに眠っていないようだし、あのまま付きっきりでいたらノアが倒れるのは時間の問題だっただろう。 なぜこんな事になったんだ、と晋は思った。なんともやり切れない気持ちだ。ノアも天城も、なんにも責められるような事はやっちゃいない。それなのに……上の連中は彼らを一方的に引き離して辛い目に遭わせ、しかも天城をあんなに悪くなるまで放っておいた。文句も言わず、事態をじっと黙って受け入れているノアが憐れでならない。 「ノア」 荷物を詰め終わったノアが振り向く。 「お前……うちの店の二階に来い。今の宿舎は、仮住まいだったよな?」 もうお役所が関わってるとこにこいつを居させたくない、晋はそう感じていた――八つ当たりかもしれないが。 「え。でも――」 「部屋は空いてるんだ。お前が来たら親父も喜ぶ。俺の嫁さんが逃げちまったってのは知ってるだろ?俺はお袋がいた部屋へ移るから、一番広いとこ使え」 「なんで?広くなくていい……」 きょとんと答えたノアに、晋は言った。 「天城が治って出てきたら、一緒に住むだろ」 晋を見つめていたノアは、近寄ってきて抱きついた。 「おっちゃん、ありがと……」 小さな声で言う。 「礼はいいよ。従業員逃がさないようにっていう作戦だしな。あいつ元気になったら、今まで心配させた分こき使ってやるんだから」 晋はノアを抱きしめ、頭を撫でた。

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