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第36話

津黒が目を覚ましたとき、音羽はベッドの中にいなかった。彼は元々人と比べて睡眠時間が短いし眠りも浅い。適度に休んで体力が回復すればさっさと起きて活動し始めるのが常だ。 津黒は寝ぼけ眼で店のある階下に下りたがそこにも音羽の姿はない。多分地下だろう。活字が好きな音羽は時々地下倉庫に入り込み、積まれている在庫をあちこちひっくり返しいじっていることがある。中にはかなり高価な希少本もあるが、津黒は真剣に商売をする気はなかったので音羽の好きにさせてやっていた。 飽きればそのうち上がってくるだろうと、津黒は下着にシャツを羽織っただけの姿でコーヒーを淹れに台所へ立った。すると、流しの脇にある裏口のドアを開け音羽が外から入って来た。 なんだ、出かけてたのか。そう思いながら津黒はからかうつもりで音羽に声をかけた。 「こら!どこ行ってた?俺の許可無く勝手に出てっちゃ困るじゃないか!」 言われて音羽はハッとしたように表情を硬くした。 「申し訳ない――起こさないほうが良いと判断したのだが、間違っていただろうか?」 彼は未だに軽口というものが理解できないのだった。生真面目に詫びられて、津黒は苦笑しながら音羽を自分の隣に招き寄せ、耳元に唇を近づけた。 「ごめんごめん。真に受けんなよ……許可なんかいるわけないでしょ」 「そうなのか?」 「そうですよ。もう命令する奴はいないって前にも言ったろ。音羽ちゃんはいつでも好きに出歩いてかまわないんだから……一緒にコーヒー飲むか?」 「ああ」 音羽は大人しく津黒の接吻を受けながら頷いた。 コーヒーマグを片手に古びたパソコンに向かっている音羽に、津黒は訊ねた。 「朝っぱらからどこ行ってたの?」 「この間の公園だ。あのホームレスが何者なのか気になったので、探しに行った」 「ホームレス……?ああ思い出した。あの時の」 人造兵の連中が揃って敬礼した相手だ。 「で?どうだった?まだあの公園にいたか?」 「ああ。しかし、質問したら強く拒絶された。かなり警戒した様子だったから、もうあそこは離れてしまったかもしれない」 「警戒?ふうん。やっぱり政府関係者なのかねえ?亡命してきたのかな……」 「まだわからないが、予測では……」 受け答えしながらも熱心にキーボードを叩いていた音羽の右手が急に止まった。それに気付いた津黒は、コーヒーを啜るのを止め音羽に訊ねた。 「なに?どうかした?」 「地下に――誰かいる」 「え!?」 津黒には何も聞こえなかったが、聴力が高い音羽は何か不審な物音を聞き取ったらしい。 店の下にある倉庫は秘密裏に街の地下通路と繋がっている。一応鍵付きの扉はあるが、キーの暗証番号を知っている者は簡単に入って来られる。 「いやだなあ……北村の奴かな。勝手に出入りしないでもらいたいんだけど……うちは公共施設じゃないんだから」 ブツブツ言いながら地下の様子を見に行こうとした津黒を音羽が止めた。 「――待て店主。相手は武装している」 「ぶ、武装!?」 津黒は驚いて持っていたカップを落としそうになり、慌ててそれをガラスケースの上へ置いた。 音羽は地下への入り口がある廊下の方向へ聞き耳を立てている。 「まさか強盗……?うちには大した物無いってのに」 その時、階下から怒鳴り声がした。 「おい津黒!いるんだろ!俺だよ、越野(こしの)だよ!」 「越野だと?あいつ……何しに来たんだ?」 呟いた津黒に音羽が訊ねた。 「知り合いなのか?」 津黒はため息をつきながら答えた。 「ああ、まあね……反政府活動やってた頃の仲間だったんだけど……」 越野は不必要に過激な行動を好む人間で、時限爆弾を仕掛けたりなどの多くの一般人を巻き込む行為も躊躇せず行っていた。犠牲者が出る位の活動の方が社会に影響力があるというのが持論だったが、やがて時が経つにつれその性質の残虐さが際立ってきたため、仲間内で批判されることが増え、越野寄りの考えを持つ数人のメンバーとともにグループを抜けて連絡を絶っていたのだった。 もともと仲間意識が薄かった津黒は組織内の揉め事には無関心だったのだが、越野に対しては、どことなく得体が知れず油断のならない相手だという印象を持っていた。北村も同じように感じており、越野とその仲間の事を「連中」と呼んで未だに警戒している。 越野はドカドカと派手な靴音を立て、階段を上がってきた。 「津黒!いないのか!?」 「こっちだよ――うわ!?ナンだお前その格好!戦争ゴッコか!?」 越野は特殊部隊さながらの黒い戦闘服を見につけていた。銃を小脇に抱え、すっかり兵士気取りだ。越野の後ろにいた残りの二人も同じ様子で、武器も携えているようだった。 「ゴッコじゃねえだろ、まだ一応戦時下なんだからな」 驚いている津黒に越野は言った。 「そうだけどさあ……ここでの活動はとっくに終わってるんだから……地下通路だってカギかかってたはずだぞ?壊したんなら弁償しろよ!?まったく……そういうカッコして遊びたいんなら、もっと前線に近い星に行きなさいっての」 津黒が片手で三人を追い払う仕種をして見せると、越野は言った。 「遊びじゃねえよ。仕事で来たんだ」 「仕事ぉ?」 越野が頷く。 「そいつ――そこの人造兵を、買いに来た」

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