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第37話
「音羽を買いにだって?」
津黒は呆れて言った。
「ああ。どうだ、いくらで売る?」
「いくらって……古本じゃねえんだぞこいつは」
「なんだ、金に汚いお前ならすぐ飛びつく話と思ったのに……あ、値段吊り上げようとしてんのか?」
「阿呆かい!大体、そんな取引革命軍が許可するわけないだろ!」
越野は鼻で笑った。
「許可?お前もヤキがまわったなあ……正規取引のはずがないだろう。政府軍の培養技術で造られた人造生命体からは、拒絶反応が出にくい移植に向いた臓器が取れる。なのに革命軍は非人道的だからって、臓器採取はおろか培養技術そのものを封印しようと考えてるんだ。勿体ねえ話だよ。だがお陰で、人造生命体の価値は釣り上がってる。細胞が特殊な兵隊はこの辺りじゃ手に入りにくいから特にだ。闇市でそいつを売り飛ばせば相当な儲けが出せるんだぜ?」
越野は音羽に向かって顎をしゃくって見せた。
「どうだい、一緒に取引に参加しねえか?他にも何匹かそいつの仲間がいるだろ、狩り集めるのに協力してくれれば仲間にしてやるよ。お前の取り分は、そうだな――最終値の2割でどうだ?」
「阿呆らしい……いい加減にしろよ!」
うんざりしてきた津黒は越野に向かって怒鳴りつけた。
「さっきも言ったがこいつは物じゃない。おとなしく売られたり買われたりされると思ってんのか?」
「仲間になる気はないってか。ま、それならそれでいい。元々お前は信用できねえからなぁ――二重スパイの件もあるし」
越野はつぶやくと手で仲間に合図した。後ろにいた二人が銃を構え、津黒と音羽に向けた。
「……悪いこた言わねえから人造兵に手を出すのは止めとけ。怪我するぞ。こいつらの戦闘能力知らねえのか?」
津黒は言った。
「知ってるよ。そのための装備だ」
越野は落ち着き払っている。
「そんな普通の銃なんか、いくらあったって――」
素手で手錠の鎖を簡単に引き千切った音羽だ。並の武器は通用しないだろう、津黒はそう考えながら言った。その時、越野がベルトに下げていた細長い袋を手に取った。中にはなにか――棒状の物が入っている。
布の袋に入れられたそれを、越野はゆっくり引き出すと右手で軽く握り、こちらに向かって構えてみせた。見たところそれはただの白っぽい警棒のような物だ。あんなもんでどうしようって言うんだ?津黒が不審に思ったとき、隣にいる音羽が突然、明らかにたじろぐような様子を見せた。
まさか――音羽が怯えている?
「音羽ちゃ――?」
「あれは――駄目だ」
駄目とは?どういう事だろう。
「あれを持っている相手に――逆らうことはできない」
「は!?」
津黒は耳を疑った。
「あれって何よ!?只のプラスチックの棒じゃねえのかよ!?」
「へえ、見せただけで随分ビビるじゃねえか――すごい効き目だ。高い金出した甲斐があるわ」
越野は満足気に、片手で握った棒でもう一方の掌をトントンと叩いた。
「おい!一体なんなんだよそれは!」
すっかり戦闘意欲を無くしてしまったらしい音羽の様子を見、津黒はショックを受けつつ叫んだ。
「政府軍の横流し品だよ――人造兵用の懲罰棒だ」
「懲罰棒――?」
「本物は滅多に見つからないからこいつは貴重品なんだ。手に入れるの苦労したんだぜ――」
越野は近付きながら、棒を音羽の眼前に突き出す――それにつれて音羽は後退し、あっさりと壁際まで追い詰められてしまった。
「なんだか知らないけど――どうしちゃったのよ音羽ちゃん!?なんでそんな棒きれがおっかないんだよ!?」
「だから、ただの棒きれじゃないのさ。こいつらにとっては」
言いながら越野はその棒で、音羽の肩先を軽く小突いた――途端、音羽が悲鳴を上げた。
「なっ――何やった!?」
「この棒は、人造兵を調教するために政府軍が開発した特殊な品物なんだよ。軽く触れるだけでこいつらの神経に直接不快な刺激を与えられるらしい。人間にはなんともないから、どういう刺激なのか想像はつかねえが――」
越野はもう一度音羽の方に棒を突き出した。そうされただけで音羽は、棒から遠ざけようと必死に身体を縮めている。
「こりゃあ相当イヤなんだな。たちまち大人しくなって――面白え」
「おい――」
止めようとした津黒の前に、銃を構えた越野の仲間が立ち塞がった。
「あんたにはこっちの方が効き目があるよな?」
腹に銃口を突きつけられ、津黒はぐっと息を呑んだ。音羽はアレだし、自分は丸腰だ――どうするか。
「わかった、降参」
ため息をついて津黒はあっさり両手を上げた。
「そいつなら付け値で売るから……引っ込めてよこの銃」
「そうこなくっちゃ」
越野が愉快そうに言った。
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