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第40話
音羽は三人の男たちに引っ立てられて、暗い地下通路を歩かされた。
やがて金属製の扉が見えた。越野がその取っ手に片手をかけて言う。
「いいか、騒いだりしたら、こいつを喰らわすからな?」
越野は懲罰棒を差し上げて音羽を脅しつけた――音羽は黙って頷いた。
抗う気など元から無い――あの棒の恐ろしさは訓練で散々味わわされたからよく知っている。命令に対する反応が遅かった時やしくじりがあった時、上官は容赦なくあの棒を使った。
扉を開けた先は駐車場だった。方向や距離を感知する機能が身体に備え付けられている音羽には大体今いる位置が把握できたが、それがわかった所でこの男たちから逃げ出すことは叶わない――今度こそ、あの本屋に戻ることはできないだろう。津黒にももう会えないのだ――そう思った時、鳩尾の辺りに重さを感じた。さらに胸の奥が鈍く痛む――理由はわからない。
津黒は金を受け取れるだろうか――音羽は考えた。
彼には随分と世話になった。収容所を出てから、着る物も食べる物も全て津黒に賄ってもらっていたのだ。店の仕事を手伝って返すつもりだったが、間に合わなかった。この男が言うように自分の身が売れれば、津黒にはその金の一部でも手にして欲しい。それが今自分に唯一できる彼への恩返しだ――
「おい!愚図愚図するんじゃねえよ!」
その声と同時に右腕に鋭い痛みを感じて音羽ははっとした。越野が懲罰棒で音羽の腕を小突いたのだ。軽く触られるだけでもあの棒は兵の身体にかなりの影響を与える。神経に直接作用するため、その苦痛は例えようが無い。
棒で脅されながら音羽はそこに止めてあった車に乗り込んだ。本屋からの距離がさらに遠ざかる――それにつれて胸の奥の痛みも強くなった。
やがて車は街外れの、鉄条網で囲まれた敷地の中へと入った。工事現場のようだが人影は無い。
車を下ろされた音羽は、廃墟のようなビルの中へと連れ込まれた。
窓にはシャッターが下ろされていて外は見えない。部屋には裸電球が一つ下がっているだけで薄暗かった。
「金はいつ手に入るんだ?」
男の一人が越野に訊ねた。
「焦るな。一番高く売れる方法を考えないとな」
越野は言いながら、音羽を眺めた。
「こっちに来て、面よく見せろ」
言われるまま、音羽は電球の下に立った。越野の隣にいた男が呟く。
「まったく、良く出来た人形だな」
もう一人が不思議そうな顔をした。
「人造兵は人形とは違うだろ?」
「同じさ」
「そうなのか?でも――」
男が音羽の顎に手を掛ける。
「息してるし、体温だってあるぜ?」
「そうでも、作り物は作り物だろ。この目見ろよ。ガラス玉みてえだから」
男たちは間近で音羽の顔を眺めた。
「確かに――人形みてえなツラだけど」
越野が二人に声をかけた。
「おい、そいつの着てるモン脱がせろ」
「なんで?」
「継ぎ目が無いか確認しとくんだよ。再利用の中古パーツが使われてるようなら、丸ごとで売るより臓器別にバラ売りしたほうが儲かるんだ」
「ふうん」
男たちは音羽のシャツのボタンを開け、両肩を引き下ろした。
「手錠かけてあるから脱がせらんねえ――」
「こいつで切れ」
越野がナイフを投げ渡した。男は受け取ったそれを使ってシャツを切り裂き、取り去った。
「下もだ」
「女ならなあ……張り切るんだけど」
男はブツブツ言いながら音羽のズボンに手をかけた。
「あのさあお前ら……ネコ買った事あるか?」
「は?なんだよ今更?」
音羽の下着を引き下ろしていた男が顔を上げ、呆れたように答えた。
「俺は無えけど?女が好きだし。革命軍が置屋を廃止にして随分経つじゃんか。急になんでそんなこと聞くんだよ?」
訊ねた男が頭を掻く。
「俺さ……結構通ってたんだよ……いやなんか、そいつ見てたらちょっと思い出して。肌の感じがそっくりだから」
「そうなのか?まあ確かに……随分と質の良い人造皮膚だよな」
「知ってるか?ネコってのは作りがちょっと特殊で……特に舌がさ。アレに舐めてもらうともうたまんねえんだよ……」
「だからなんで今そんな話を……」
「人造兵も同じなんじゃないかって聞きたいんだろ?」
越野が言った。
「試してみればいいじゃないか。そいつに――舐めてもらえ」
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