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第45話
いつも通りの仕事を終え、天城は間借りしている自室に戻って顔を洗った。
ここは革命軍の運営する人造生命体の研究施設で、現在天城はそこの宿直室に住まわせてもらっている。
ちゃんとした居住用ではないため見るからに寒々しい部屋だが、コンクリート製の土間には簡易なシャワー室と小さなキッチンが備え付けられており、畳敷きになっている部分に布団を敷けば寝られるようになっていて、一応生活は出来る。
先日まで預かっていた音羽がこの部屋の様子を見て、以前いたことがある兵舎に似ている、と話した。自分はそこで天城と同室だった、とも。
連れ帰った当初、神経系統をやられていた音羽は自力では殆ど動けなかったので、天城が全て世話してやった。自分が元は政府軍の所属だった衛生兵のなりそこないで、本来ああした傷病兵の介護が仕事だったらしいという事は教育担当官から聞いて一応知っている。だが音羽の救助をした際、思いがけないくらいスムーズに身体が動き、次にどうすべきかがはっきりわかるのには自分でも驚いた。今の現場仕事よりも要領よく進められたくらいだ。例え上書きで元の活動データを無くしても、身体には過去の経験が蓄積されて残っているという事なのだろう。
実は音羽が帰ってしまったのを天城は寂しく感じていた。ここで一緒にいたのはほんの数日間だったのに、彼の事が妙に懐かしい。これも以前、音羽と同じ部隊で活動していたという頃の事を身体が覚えている所為なのかもしれない。
天城は布団に横たわって休みながら、今度音羽の様子を見に行ってみよう、と思いついた。彼があんまり帰りたがるので希望通りにさせてやったが、完全に回復するまではまだ暫くかかるだろうし、津黒の事も心配だ――帰った初日にいきなり二度も殴られていたし。
思い出して天城は苦笑した。殴られてなお、津黒は嬉しそうだった。余程音羽の事が大切なのだろう。あれを見て、なぜ音羽が調子が悪いのを押してまで津黒の元へ戻りたがったのか理解できたような気がした。音羽本人はその訳をあまり自覚していない風だったが、自分を大切に思ってくれる相手の側に居たいと感じるのは当然だ――
ふと胸の奥が痛んだ。これは時々生じる感覚だった。
自分にも何か――大切な存在があったような気がする。津黒にとっての音羽のような――それとは一体、なんだったろう?
なんとかそれを思い出そうと意識を集中してみたが、そうすると――どういうわけかいつも酷く頭が痛み出す。まるで天城にその記憶を取り戻させまいとするように。そうして、その痛みに追い払われるように、捕まえたい記憶は遠ざかって行ってしまうのだった――天城は取り残されたような寂しさを覚えながら、考えるのをあきらめ、目を閉じた。
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