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第54話

自分の部屋で、天城は壁に寄りかかって座り、ぼんやりと天井を眺めていた。 ノアのことが頭から離れない――優しい子だよな、と天城は思った。優しいだけでなく――ぴんと張り出した薄い耳、細くしなやかな尾、緑色の大きな目――愛玩用にと人が培養時に取り入れた猫の特徴――それらが天城の目に、とても可愛く映った。 部屋で一人、天城は考えた。またノアに……会いに行ってもいいだろうか―― 会いたかったがそう思うだけで、訪ねるきっかけは無いまま日々が過ぎてゆく――そんなある日の午後、急な雨のため天城の働く工事現場は仕事が切り上げになってしまった。 早い時間に仕事を終えても遊びに行く場所など知らない天城は、いつも通り真っ直ぐ自室に帰ろうと現場を後にした。 交差点で信号待ちをしている天城の前を、バスが一台通り過ぎて行く――すると、そのバスにノアが乗っているではないか。天城は思わず家とは逆の、バスが走り去った方向へ足を向けた。 この路線はじき駅に着き、そこが終点だ。ノアは駅から電車でどこかへ行くところなのかもしれない。だったらバスを追っても無駄か――そう思いながらも、天城は駅前のバスターミナルまで行ってみた。 雑踏の中に天城はノアの姿を見つけた。どうやら駅へは向かわなかったようだ。バス停を離れたノアは、近くにある図書館の建物へと入って行く。天城はその後を追った。 図書館へ来るのは初めてだ。天城は中へ入って辺りを見回した。 小柄なノアの姿は高い書棚に隠れてしまってすぐには見つけられない。綺麗とは言えない作業着姿のままであまり館内をうろつくのは憚られる――そう思った天城は視界を通常の状態からトレース探知に切り替え、ノアの行った先を追った。特徴のあるネコの姿が薄い残像として空間に浮かび上がる――戦闘のための特殊機能をこんな私的なことに使うなんて、と天城は自分自身の行動を滑稽に思った。そんなにノアに会いたかったんだろうか―― ノアは壁沿いの棚の前にいた。 高い上の段にある本をめいっぱい背伸びして取ろうとしている。天城は彼の隣に立ち、その手助けをしてやった――本を手渡されたノアが驚いた様子で礼を言う。 「あ……?ありがとうございます……あれ?天城さん!」 本を受け取りながら、相手が天城と気付いたノアはぱっと明るい笑顔になった――それを見て天城はほっとした。 「お仕事、終わったんですか?」 ノアがひそひそ声で訊ねる。天城も小声で答えた。 「はい、今日はもう。雨が降ってきましたもので」 「そうですか」 ノアはまた笑った。やっぱり可愛い、ついそう思ってしまって、天城は照れくさくなった。それをごまかそうとノアに訊ねる。 「ノア君は――難しそうな本、読むんですね」 ノアが手にしたのは、数学の参考書だった。 「ああ、これは……読みたいわけじゃないんですけど……今度試験があるので、勉強しないといけなくて……」 憂鬱そうな表情でため息をつく。 「試験?」 「ハイ……」 ノアは元気無く頷いた。 「学校に入るための試験です。でも覚えなきゃならない事はいっぱいあるし、分からない事もいっぱいで――特に数学は難しいから……落ちちゃうかもしれないです……」 「あのう……」 いかにも自信なさげなノアの様子を見て、天城は思わず口にした。 「もし良かったら――勉強、手伝いましょうか?自分、数学は基礎的なことでしたら一通り知識がありますので――」 「え、教えてもらえるんですか?」 ノアが天城を見つめる。その緑の瞳を見返しながら、天城は頷いた。 「はい。ノア君さえ良ければ……」

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