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第59話

二人が互いの気持ちを告白してから――ノアは時々、天城の部屋を尋ねるようになった。いつも自分の所まで来させるのが申し訳なく思ったためもある――頭痛も心配だ。 いよいよ試験の日が近付いてきたある日、ノアは天城の部屋で模擬テストの問題を解いていた。傍らで天城は時間を計っている。 「はい、終わり」 時計を見ていた天城が言った。 「ええっ!もう!?ほんと!?」 ノアは叫んだ。 「ほんとだよ……どうだった?」 「うぅ……」 情けない声を出しながらノアは天城に答案を差し出した。 「最後の問題終わらなかった……」 「うーむ」 答案を確認しながら天城は顎を撫でた。 「問題の所にそれぞれ何点くれるか書いてあるだろ?最後のは配点が大きいから、できれば解いた方が良かったね。ペース配分考えた方がいいかな」 「ペース配分?」 「順番通りにやるんじゃなく、全体をざっと見て、出来そうなところから埋めていくんだよ。で、手こずりそうで配点がさほど大きくない問題は後回しにする、と」 「そうかぁ……色々考えないと駄目なんだね……」 ため息をつくノアに天城は言った。 「でも……見た感じ、いい線行ってそうだよ。これなら及第点は取れるんじゃないか?」 「ほんと!?やった!」 ノアは天城に飛びついた。 「待て待て、まだわからんぞ。ちゃんと採点してみないと」 天城は笑ってノアの頭を撫でた。 赤ペンを持って答えあわせをしてくれている天城に、ノアは尋ねた。 「お昼にしよっか?おっちゃんが作ってくれたおにぎりあるよ」 「遠野さんが?そりゃありがたい。じゃあお茶頼むわ。ティーバッグのしかないけど」 「うん」 頷いてノアは天城の部屋の小さな炊事スペースに立った。湯が沸くのを待つ間、ティーバッグの外袋を捨てようとしてノアは何気なく片隅のゴミ箱に目をやり、どきりとした。 そこには天城がいつも飲んでいる薬の台紙が捨てられていたのだが、その量が――やけに多いような気がする。 「天城さん」 ノアは青褪めて振り返り、声をかけた。 「んー?」 「あの、これ、ゴミ箱の――天城さん、日にどの位薬飲んでるの?」 「どの位?特に数えちゃいないがなあ」 「数、決まってないの?飲みすぎてない?」 「何心配してるんだよ――大丈夫だって」 天城は立ち上がって来ると流しの前でノアを抱き締め、髪を撫でてくれた。 「俺は人とは身体の構造が違うんだから、多く飲んだってどうってことないの。そんな顔すんなよ」 「そうなの――?」 ノアは天城にしがみついて胸に顔を埋めたが――嫌な感覚を拭い去れないでいた。 翌日、ノアは音羽を訪ねるつもりで彼の住まいに向かっていた。 晋の話では、音羽が世話になっているのは商店街の片隅にある古本屋だそうで――店の中に入ったことは無いが場所は知っている。 昨日の帰り際、ノアは天城に気付かれないようこっそりと、彼の部屋にあったカプセル薬を台紙ごと一つだけポケットに忍ばせた。疑うようで申し訳なかったのだが、やはり心配で――本当に幾ら飲んでも大丈夫な薬なのか、音羽に聞いてみようと思ったのだ。物知りの音羽なら薬にも詳しいかもしれない。 本屋に着いてみると中が薄暗い。閉まっているのだろうか?だが鍵はかかっていなかった――ノアはドアを押し開け、中を覗いて声をかけてみた。 「こんにちは――すみません、野田さん?」 「は――はいはい!」 店の一番奥にあるガラスの引き戸の向こうから、野田らしい男性の声がした。 「あのう――やってますか……?」 「へ!?やっ……やってましたがなぜそれを!?」 「え?」 ノアはきょとんとして尋ねた。 「じゃああの……閉店ですか?」 「閉店?あ!ああ、店ね!やってますやってます!ちょっと忘れてただけで……絶賛営業中!」 返答した野田は――野田というのは晋たちに名乗った偽名で、実際は津黒だ――引き戸を開け、妙に慌てた様子で店に下りてきたのだが、ノアの姿を見ると首を傾げた。 「あれっ?君は確か――」 「ノアです、こんにちは。お客さんじゃなくてごめんなさい……」 ノアは頭を下げて挨拶した。 「そうそう!ノア君!遠野さんとこの!」 「ノアなのか?」 野田の後から音羽が出てきた。シャツを整えながらノアの前に立つ。 「久しぶりだな――元気にしていたか?」 「うん、元気だよ。音羽さんはどう?」 「どうということもない――相変わらずだ」 答えながら音羽が微笑んだのを見て、ノアは少し驚いた――こんなに優しい表情をする人だったろうか? 「あがんなよ。散らかってるけど」 野田が気さくに声をかける。 「音羽ちゃんに会いに来たんだろ?コーヒーでも淹れるからさ」 「コーヒーじゃなく、茶だ。茶にしろ」 音羽が言った。 「なんだいその命令口調!俺ぁコーヒーが飲みたいの!」 「羊羹があるのだ」 「羊羹にコーヒーだって別にいいじゃないかよ!茶が飲みたきゃ自分で淹れなさいってーの!」 ぶうぶう文句を言いつつも、野田が素直にお茶を淹れてきたのを見てノアは可笑しくなった。随分――仲が良さそうだ。 切り分けた羊羹を皿に置こうとしている音羽に野田が言った。 「俺ぁいいや――羊羹て、甘すぎて」 「得意客からの頂き物にケチをつけるな。せっかくの高級品なのだから食べるがいい。ほら」 音羽は構わず、野田に羊羹を押し付けておいてから、自分の分を食べ始めた。 「そんな甘いもん、よく美味そうに食うよなあ……」 音羽を眺めて野田が言う。 「美味いではないか――しかし店主、それでは戦場で生き残れないぞ」 「戦場?羊羹嫌いなのとなんの関係があんのよ?」 「軍の支給する携帯食は甘いものが殆どなのだ。しかもこの羊羹とは違って味のバランスなど全く考慮されていない。糖分はエネルギー源として効率が良いという、それだけの理由で加えられている」 「へえ、そうなんだ。まあしかし俺だって、食うや食わずの状況になれば贅沢は言いませんよ」 ノアは貰った羊羹を口に運びながら考えた――そうだ、こうやって毎日美味しいものが充分食べられる日が来るなんて、以前は考えもしなかった。自分は稼ぎが悪かったから、いつもお腹がすいていて……仲間のキオに食べ物を分けてもらったこともある――キオは今頃――どこでどうしているのだろうか―― 「ノア、今日はどうしたのだ?ひょっとして、班長のことで何かあったのか?」 「え――」 ノアは考え事から引き戻されて目を見張った。 「うん、そう。天城さんのこと――音羽さん、どうしてわかるの?」 「実は、班長をノアに会うようけしかけたのは自分なのだ」 茶を啜りながら音羽が答える。そうか、とノアは思い出した。はじめに天城が食堂を訪れた時、音羽に叱られたと話していた。 「そっか、そうだったよね。音羽さんが言ってくれたから――天城さん、僕に会いに来てくれたんだ――」 ノアは湯飲みを掌で包みながら呟いた。 「天城さん……最近体調が良くないみたいなんだ。よく頭痛を起こすようになって……それを抑えるために研究所で貰った薬を飲んでるんだけど、どうもその量が……だんだん増えて来てるみたいで」 ノアはポケットに手をいれ、カプセル薬を取り出した。 「天城さん、自分は人とは違うからいくら薬を飲んでも大丈夫だ、って言うんだけど……気になって。音羽さんに聞いたら、本当に大丈夫なのかどうかわかるんじゃないかと思ったので会いに来たんです。それで、これ……黙って持ってきちゃったんだけど」 音羽はノアから受け取った薬を、暫く眺めてから答えた。 「調べてみよう――何かわかったら連絡する」 「うん……お願いします」 ノアは音羽に向かって頭を下げた。

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