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第64話

晋達の元を離れる日――ノアは宙港から小さな宇宙船に乗り込んだ。以前乗った連絡船とは全然大きさが違って、船室などは無い。真ん中の通路沿いにシートが2列づつ並んでいるだけだ。 傍らの窓から外に目をやる。宙港の建物、今しがた別れた晋と安彦がいるだろうと思われるあたりを見てみたが、建物のデッキは離れていて彼らがどこにいるのかはわからなかった――天城に悟られぬよう殆ど誰にも告げないままの、寂しい出発だった。 やがて船は、宙港から飛び立った。ノアは姿の見えない晋たちに心の中で手を振り、礼を言った。馴染んだ土地が遠ざかっていくのを見ているのが辛くて、ノアは窓のシェードをぴったりと下ろし、背もたれに深く身体を沈め、目を閉じた。 ――航行時間が終わって、到着のアナウンスが流れた。晋の話していた通り、以前の大型船での星間移動に比べたら本当に短距離だ。こんなに近いならいつでも帰れる。おっちゃん達にだって、会おうと思えばすぐ会える――ノアはそう自分に言い聞かせて寂しい気持ちをこらえた。 周囲の乗客が座席から立ち上がって荷物を手にするのに習い、ノアも晋たちが持たせてくれた身の回り品の入った鞄を提げて船を下りた。 この星の宙港は今まで見たことのあるものとはかなり違い、ごく小規模だった。大きな船は停泊しないようだ。通路にはお年寄りが店番している土産物の屋台などが出ていて、随分とのどかな雰囲気だ。 ターミナルできょろきょろしていると、こちらに向かって手を振っている麦わら帽子をかぶった男性の姿が目に入った。ノアは荷物を引っ張って彼の方へ寄って行った。 黒い縁の眼鏡をかけたその男性は、優しげな笑みを浮かべてノアに話しかけた。 「ノアくんだよね。やあ良かった、無事着いて」 被っていた麦わら帽を取って挨拶する。 「いらっしゃい。僕、笛田春道(ふえたはるみち)と言います」 「ノアです、お世話になります、笛田さん……」 ノアが頭を下げると彼は 「春、でいいよ。ここの人はみんなそう呼ぶから」 と白い歯を見せて言った。 「そうですか……じゃあ、春、さん……置いてくださってありがとうございます、よろしくおねがいします……」 春さんは晋より二つ年上だというが、背格好は殆ど同じだった。従兄弟同士なせいか眼鏡を除けば顔立ちもよく似ている。しかし捲し立てるような調子で威勢良く喋る晋とは対照的に、春さんの話し方はゆっくりと穏やかでのんびりしている。緊張していたノアだったが、そんな春さんの様子を見てほっとした。 「疲れたろ。この星は休むにはもってこいの場所だからね、安心してのんびりするといいよ」 晋から事情を聞いているのか、春さんは優しくそう言うと、ノアの荷物を運ぶのを手伝い、駐車場まで案内した。 彼の車は青い小さなトラックだった。 「遠くはないんだけどちょっと時間がかかるんだ……着くまで寝てていいからね」 春さんは慣れた手つきで荷台に荷物を積み込むと、ノアを助手席に乗せて出発した。 寝ていいと言われたが初めての星の景色が珍しく、ノアは窓の外を興味深く眺めた。ここは昔働いていた置き屋があった星とも、遠野家のある星とも雰囲気が違う。植物が――とても多い。そして、高いビルが無い。 宙港の敷地を出ると道路は舗装されておらず、土がむき出しだった。その道を、凸凹を避けて春さんはゆっくりとトラックを走らせた――時間がかかるってこういうことか、とノアは納得した。大きな動物や、小さいヒナを連れた鳥の行列が道を横断したりもする。そんな時は止まって待たなくてはならない――ここの生き物達は人や車を全く恐れないらしい―― ノアは間近で見る不思議な光景に目を丸くしながらトラックに揺られていた――

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