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第65話

この星は一年を通じて気候が温暖で、天気が荒れることは殆どない。そんな環境なので、住民は皆、日中は大概窓を開け放しにしているそうだ。するといつの間にか野生の動物が家の中に入り込み、部屋の真ん中で寝ていたりする。人懐こい動物に慣れていないノアは、ここに来た当初、彼らにたびたび驚かされた。 春さんは、山の中腹にある古びた家に住んでいた。移住した時、修理が必要だからということで安く譲ってもらったのだそうだ。 初めてこの家に入ったとき、無機質なコンクリートの建造物を多く見てきたノアにとって、大部分が切り出された木そのままで作られている春さんの家は、命があって息づいているように感じられた。春さんが、自分であちこち手直ししながら生活しているせいもあるのかもしれない。 この星は療養所として開発された場所なのだ、と春さんはノアに説明した。穏やかで過ごしやすい気候、豊かな緑、山中に点在する天然の温泉――癒しを求める人々にとって最適の環境。 以前春さんは、晋たちと同じ星に住んで会社勤めをしていたのだが、忙しすぎて身体を壊してしまい――人に薦められて休養をとるためこの星を訪れた。やがて病気は良くなったのだが、すっかりここが気に入って、そのまま居ついてしまったのだそうだ。 「なにしろ、温泉に入り放題だからね。町の中にある病気治療用の特殊な薬湯以外は全部タダなんだよ。これ以上贅沢なことってないでしょ」 春さんは楽しげにそう言った。 器用な春さんは採取してきた土で焼き物を作ったり、切り出した木で小物や小さな家具などを作ったりして、それらを療養に訪れる人たち向けの土産や生活用品として、町の販売店に卸していた。他にも、近隣の人が持ち込む壊れ物の修理を引き受けたりして、そんなことで生活費を賄っている。普段食べる野菜などは自分で植え、育てていた。やがてノアも、慣れないながら春さんに教わって、彼の仕事や畑の世話を手伝うようになった。 一日外で身体を動かして働いたら、露天風呂に浸かって星を眺めて――ごく質素だけれど、豊かでもある。自分の生活をそんな風に語る春さんと、ゆっくりとした日々を過ごしながら、ノアは――今までの悲しかった出来事がすべて温泉のあたたかな湯に溶け出して、流れ去ってしまえばいいのに、などと夢想した――

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