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第66話
春さんの家にはしばしば、矢畑耕介 と言う名の、役場に勤める若い福祉課職員が訪ねて来る。
矢畑は、短く刈り込んだ髪をした色の浅黒い純朴な雰囲気の青年で、春さんが住む集落の独居老人宅を車で回り、異常がないか確認する係をしていた。そのついでに春さんの所に立ち寄るのだが、彼が世話する老人の中には気難しい人もおり、扱いが大変な場合があるようで、春さんに相談したり愚痴を言ったりする事で気晴らししているらしかった。
矢畑が言うには――ここに来た当初の春さんは、ひょろひょろに痩せていて顔色も悪く、いつ倒れるかわからないような有様だったそうだ。しかしその後、休養と湯治でみるみる調子が良くなり、今では山仕事までできるほど体力がついた。そうやって「生っちろい都会人」をも健康にしたこの星の自然と温泉が、ここで生まれ育った矢畑にとっては大層な自慢の種なのだった。
ある日の午後、ノアが庭の雑草取りをしているところに、矢畑がやって来た。車を降りながらノアに声をかける。
「やあ元気そうだ。随分顔色良くなったよね。やっぱ空気が違うかんねえ、向こうとは」
向こう、というのはノアがいた星の事だ。
「ちゃんと毎日湯に行ってっかい?」
「はい」
立ち上がったノアが答えると、矢畑は満足そうに頷いた。
「春さん、今畑に行ってるんです。呼んで来ますね」
「あ、わざわざ呼んでもらわんでいいよ、時間あるから待ってるし。実はノアちゃんに相談があるんだよね」
「相談?」
革命政府から依頼されて、今度この星に、療養が必要なバイオペット達を受け入れることになったのだ、と矢畑は話した。戦地になっていた星で保護された彼らは、劣悪な環境に長く置かれており、心身ともに傷ついているそうだ。
「一纏めに、光も射さない倉庫みたいなとこに閉じ込められていたとかで……人が避難しちまったあと取り残されて、革命軍に発見されるまで外へ出られずにいたんだってさ……酷い話だよねえ……」
それを聞いてノアは、星間連絡船での出来事を思い浮かべた――あそこで、自分も含めネコたちは、食用にされる運命だった――
矢畑は続けた。
「ノアちゃんも知ってるだろうけど、この星、今までバイオペットは殆ど住んでたことがないんだよね。だからできれば、俺ら役場の職員連中にアドバイスしてくれると有難いんだけど」
「アドバイス?」
「うん。どんな風に世話してやったらいいかとかそんなことで、君の意見聞かせて欲しいんだわ」
ノアは頷いた。
「僕に出来る事があれば、お手伝いします」
「助かるよ、ありがと」
そう言って矢畑が微笑んだところに、春さんが籠を肩に担いで戻ってきた。
「ああ耕介。来てたのか」
「うん。収穫はどうだったかね」
「まあまあだよ」
そのあと、三人は採れた野菜を塩揉みにして、それをつまみながら縁側でのんびり茶を飲んだ。
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