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第69話
翌朝、ノアは宿泊施設にキオたちネコの様子を見に行った。裏口から入っていくと、配膳室らしいところに矢畑がいる。彼はワゴンの脇に立って、書類を繰りながら何事か確認していた。
「矢畑さん、おはようございます……」
矢畑が手を止めて振り返る。
「や、ノアちゃん、おはよう。友達の様子見に来たんかね」
「はい――これ、朝ごはんですか?」
「うん。ほとんどの子はもう食堂で食べ終わってるんだけど、疲れが出てるのか体調の良くない子たちが何人かいてねえ……部屋で休んでるから、持ってってやろうと思って」
「手伝ってもいいですか?」
「うん。頼むよ」
二人で部屋にいるネコたちに食事を配って回った――やがて一つのドアの前で、矢畑がノアを振り返った。
「ここ……キオちゃんの」
ノアは小さく頷き、押していたワゴンからトレイを手に取った。二人で頭を寄せ合うようにして、そっとドアを開ける。
「起きてるかね……?」
中を窺いながら矢畑が尋ねた。
小さな部屋の中央にケージが置いてある。その中にキオの姿はない。昨夜の食事の分らしいトレイが床の上に見えた。矢畑が室内に入ってそれを取り上げる――キオは、少しは食べたのだろうか?ノアが思った時、矢畑が心配そうに「減ってないねえ――昨夜は何も食べなかったのかな……」と呟いた。
朝食のトレイを持ったままノアは部屋を見回した。壁寄りに簡素なベッドと小さな棚が置いてある――と、その陰から、低い唸り声がした。キオはケージから出て、そこに隠れているらしい。
「キオ――」
ノアはベッドに近付いてみた。
「ノアちゃん、君の友達の事こんな風に言いたかないけど……噛むって話だから……気をつけてな……」
矢畑が後ろから心配げな声を出した。
「はい……」
答えてノアは身体を屈め、ベッドの陰を覗き込んだ。キオはそこで動物じみた様子で身体を低くし、断続的に唸り声を上げている。
「キオ、僕だよ――ノアだよ」
そう声をかけてみたが伝わるはずも無く――ノアが近くに来た気配に気付いたらしいキオは、警戒を強め、さらに唸り声を高くしただけだった――置き屋にいた時、いつもノアが羨ましく思っていた彼の金色の毛並はすっかりくすんで艶を失い、もつれて絡まっている。客受けの良かったブルーの瞳も、膜がかかったように白く濁ってしまっている――
辛くなり、胸の奥に痛みを覚えながら、ノアはそっと、キオの居場所の少し先に食事の載ったトレイを下ろした。するとキオは唸るのを止め、わずかに空気を嗅ぐような仕種を見せた。食べ物の匂いを感じたようだ――相当空腹なのに違いない。ノアは腕を伸ばし、トレイを押しやって側に近づけてやった。キオは匂いを頼りにトレイにそろそろと這い寄ると、手は使わず、皿に顔を突っ込むようにして食べ始めた――ノアはキオの前にしゃがんで、そのまま暫く彼を見つめていた。
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