73 / 86

第73話

春さんの家の開けはなたれた座敷で、ノアは遠野家から届けられた荷物を解いていた。晋と安彦が送ってくれた心づくしの品物で箱はいっぱいになっていた。 「へえ、いい色だな、そのジャケット」 畳まれていた服を広げて持ち上げてみたノアに、傍らで眺めている春さんが言う。 「ちょっとあててみて――うんうん、よく似合ってる。これから涼しくなってくるし丁度いいね。しかし晋ちゃん、いつの間にかえらくセンスが良くなったんだなあ。びっくりだ」 「そうなんですか?」 「ああ。元々身の回りにはあんまり構わない性質な上に、普段は殆ど調理師の格好しかしないだろ?だからたまにスーツなんか着なきゃなんない機会があると、とんでもない色のシャツやネクタイ合わせてきてさ……笑わせてもらったもんだよ……」 春さんは思い出したように苦笑した。ノアも微笑んだ。 「へえ、なんだかおっちゃんらしい……あれっ?二っつある……」 気付いてノアはもう一つのジャケットを手に取った。 「おっちゃんたち……キオの分も買ってくれたんだ……」 二人とも、キオには会ったこともないのに……。揃いのジャケットを見ながら、ノアは胸が一杯になった。電話で簡単に説明しただけなのにもかかわらず、キオの事まで気遣ってくれたのだ―― こういう荷物以外にも、ノアの生活費も毎月送ってくれている。知っていたけど……なんて優しい人たちなんだろう、とあらためてノアは思った。おっちゃん、おやじさん。会いたいよ……。 キオの分はそれだけでなく――触って確かめられるような、絵や文字が立体的になった特殊な本なども入れられていた。 「キオ、これ、キオのだよ」 ノアは隣にいるキオに、本を開いて触れさせてやった。キオは興味深げに本に浮き出た文字を指先でなぞっている。 「へえ……いいのがあるんだねえ。やっぱ変わったよなあ、晋ちゃん……えらく気の利いたことするじゃないか。あいつ昔は、すごい照れ屋なせいでぶっきらぼうな態度しか取れなくて……こういう親切なとこ素直に見せるタイプじゃなかったんだがなあ」 春さんが感心したように呟いた。 数日後のある朝――ノアが目を覚ますと、隣のキオはまだぐっすりと眠っていた。もう暫く寝かせておいてやろうと思い、ノアは春さんを手伝うために寝床を出た――最近、キオは大分この家に慣れたようで、はじめの頃のようにノアがぴったり付いていなくとも大丈夫になっている。前はわずかの間でもノアが離れると、心細げに周囲を手探りしてまわっていたので、それが可哀想でノアはほぼ付き切りでいたのだった。 朝食の支度を終えてから、ノアはキオの様子を見に行った。目を覚ましたらしくキオは寝床に起き上がっていた。 「あ、キオ、起きた?ご飯できたよ、食べよう」 聞こえないのは分かっていても、ノアはいつもキオに話しかけていた。耳が駄目でもキオはなんとなく話しかけられた気配を感じるようで、僅かに首を傾げるような仕草を見せたりする。ノアはそれを励みにしていた。いつかきっと、良くなるのだ―― ノアが近付いて手を取ると、キオは普段通り立ち上がろうとした――だがなぜか、途中で座り込んでしまう。 「キオ?」 不思議に思ってノアは再び手を引いた。しかしキオは、戸惑ったような表情を浮かべて立ち上がろうとしない。 「どうしたの――?どこか痛い?」 ノアは手を引くのを止め、キオの脇を支えて抱え起こそうと試みた。立とうとしてキオはもがくように身体を動かしたが、再びぺたりと座り込んでしまった。 なにか変だ。ノアは不安を覚えた。 「キオ――足がおかしいの?」 布団を取ってキオの両足を確認する。見た目に異常は無いようだが――? 「ちょっと待ってて。春さん呼んで来る」 ノアは言ってキオの肩に触れてから、台所に向かった。 春さんを連れてノアが戻って来たとき、キオは布団から這い出、部屋の隅まで行って壁を頼りになんとか立とうとしている所だった。だが足に上手く力が入らないらしい――じきずるずると座り込んでしまう。 「キオ!」 ノアは慌てて駆け寄った。心細げな表情でキオがノアにすがりつく。春さんが 「大丈夫、きっと大丈夫だから――キオくん、今は無理しないで。病院に行って、看て貰おう」 と言った。 ここは田舎だが、療養を専門にする星なので医療設備やスタッフは割合最新のものが整っている。春さんはキオを抱いて車に乗せ、救急病院へ連れて行った。 一人にすると不安がるので、検査中、ノアか春さんがずっとキオに付き添っていた。結果が出るまでしばらくかかるとのことで、二人はキオを連れて家に帰った。歩けなくなってしまったキオを、ノアは懸命に介護した。 数日して病院から届いた検査結果は、思わしいものではなかった。結局のところ原因は不明、治療法も見当が付かない――神経に問題が出ているようだということまでしか、ここの病院ではわからなかった。 重苦しい気持ちの中、ノアは考えた。キオはバイオペットだから、人用の病院では駄目なのかもしれない。以前いた星の人造生命体の研究所――天城の治療に当たった施設――あそこで調べてもらえないだろうか―― 春さんにそれを話し、その晩ノアは店が終わった頃を見計らって晋に電話をかけた。 「おっちゃん、ノアだけど……ちょっと相談あって――」 「ああノア!今丁度連絡しようと思ってたんだよ!」 応対した晋が少し慌てたように言う。 「え?なんで?何かあったの?」 「うん。あのな、さっき天城が店に顔を出してな……新しい仕事が決まったんでもうじきこの星を離れるから、お前によろしく伝えて欲しい、と言って来たんだ――

ともだちにシェアしよう!