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第76話
研究所を飛び出して、ノアは宙港へ向かった。
途中の交差点で、信号待ちをしていたトレーラーに船会社のマークが描かれているのに気付き、ノアはそのドアに飛びつくと窓ガラスをコツコツ叩いてあけてもらった。息を切らしながら運転手に尋ねる。
「あの、すいません。もしかして、宙港へ行かれますか?」
「ああそうだよ。ネコちゃん、宙港行きたいの?乗ってくかい?」
ありがたい事にその初老のドライバーは、快くノアを助手席に乗せてくれた――実を言うともしこのトレーラーの行き先が宙港であって、頼んでも乗せてもらえなければ――以前やったように、気付かれないよう荷台へ忍び込もうと思っていたのだ。
「おじさん今日ちょっと寝不足で……居眠りしちまいそうだったもんでねえ。ネコちゃんが適当に話しかけててくれると起きていられて助かるんだけど」
ドライバーはノアに頼んだ。そうだったのか、とノアは納得し、彼が眠らないよう話し相手になってやった。
トラックを宙港の荷降ろし場へ乗り入れながら、ドライバーはホッとした様子でノアに礼を言った。
「ふう、おかげで無事着いた……ありがとよネコちゃん」
「いいえ、こちらこそありがとうございました!」
荷物搬入口で、ノアはトラックから身軽く飛び降りた。
「すいません!今日出発の軍用船ってまだいますか!?」
作業着姿で忙しそうに行き交う職員のうちの一人を捕まえ、ノアは尋ねた。
「軍用船?あそこにいる、あの黒いのがそうだけど――あ!?コラっ!そこは入っちゃ駄目だ!」
制止する職員を無視してフェンスを乗り越え、ノアは一直線に軍用船へ向かい滑走路を走り出した。
黒い大きな船体の脇に開いた乗降口からデッキが下ろされ、荷物を担いだ志願兵らしい人々が連なってそこを上っていくのが見える。きっと天城さんはあの中に――
走りながら目を凝らしたその時、宙港の警備員の乗ったカートが前方に回りこんできて、ノアは足を止めさせられた。さらに後ろから追いついてきたさっきの職員に腕を捕まれる。
「おい!立ち入り禁止と言っただろう!?」
「放してください!人を探してるんです!あの船に乗っちゃったら、もう会えないんです!」
捕まえられた腕を振り解こうと試みたノアの目に、デッキを上がる天城の姿が小さく映った。
ノアは声を振り絞って叫んだ。
「天城さん待って!乗らないで!行っちゃいやだ!」
カートから降りてきた警備員も加わって、暴れるノアを地面に押さえつける。
「おとなしくしないか!全くもう――ネコなんか、いったいどこから入って来たんだ!?」
警備員が手錠を取り出したのを見て、ノアは絶望を覚え息を呑んだ。時間が無いのに。天城さんが行ってしまう――
その時頭上から――聞き慣れた穏やかな声が響いた。
「はなしてやってくれませんか――その子は――自分を探しに来ただけなんです――」
押さえつけられたままノアは夢中で顔を上げた。夕方の日差しを背にし――天城がそこに立っていた。
職員が尋ねる。
「え?じゃあ、あんたのネコなのかい?」
「そうです、自分のネコです――お騒がせして申し訳ありません」
戦闘服姿の天城は、担いでいた雑嚢をどさりと脇に下ろすと、ノアの前に片膝をついて屈み、手を差し出した。背中を押さえつけていた警備員が力を緩める――ノアはもがくようにしてそこから抜け出すと、初めて彼と会った時のように、天城の腕の中に飛び込んで縋り付いた。
「あま――天城さん、ごめんなさい――ごめんなさい!お願いだから――僕を置いて死にに行かないで――!」
大声を上げて泣きじゃくるノアを、天城はその胸にしっかりと抱いてくれた。
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