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第77話
宙港の警備室の片隅に置かれた長椅子で、ノアは天城に寄り添い座っていた。二人をここに連れてきた警備員は、カウンターの向こうで研究所に連絡を取り天城の身元を照会している。その姿を眺めながらノアと天城はひっそり言葉を交わした。
「僕、不法侵入で捕まるかな?」
「大丈夫じゃないか?その件は保護者の俺がさっき怒られたし」
「そっか。僕、天城さんのネコだもんね……」
ノアは言い、天城に身体をぎゅっとくっつけた。天城はその肩に腕を回して抱き寄せた。
「捕まるとしたら俺の方だな。兵役拒否だもん」
微笑みながら天城は言った――彼が乗るはずだった軍用船は、とっくに出航してしまっている。
「そのせいで天城さんが収容所へ入れられるんなら、僕も入る」
天城の胸に額を押し付けながら、ノアは答えた。
「僕、今度こそ天城さんと絶対離れないって決めて来たんだ――なにがあったって……もう離れないよ」
ノアは力を込めて言った。
ノアのかなりな覚悟にもかかわらず、革命軍は意外なほどあっさりと天城の徴用を取り消してくれた――これは後から知った事だが、現在天城の身元を預かっている研究所から事情を伝え聞いた統治者の岩崎が、ノアたちのため便宜を図ってくれたらしかった。
宙港から解放された二人は、固く手を繋ぎ合い、遠野家へ帰った――
それから――当然ながら晋は多いに心配し――安彦の方は相変わらずノアに甘いので何も言わなかった――ひと悶着ありはしたが、天城は遠野家の二階でノアと共に暮らす事となった。
以前の記憶は無いままだが、天城はまた食堂で働くようになり、傍目にはなにもかもが――元に戻ったように見えた。だがノアと一緒にいる事で再び頭痛発作が起こるようになっていて――天城の身体は確実に、原因のわからない病魔に蝕まれ始めていた。
研究所に入院しているキオの容態も相変わらず好転しない――ノアをはじめ、皆が理解していた。キオと天城がこの世に留まれる期間は、もう、そう長くはないのだろう――でもそれだからこそ――一日一日を、大切に、精一杯過ごさなければならないのだ。
ある晩――風呂を終えて居間でくつろいでいた晋に、天城がビールを運んできた。
「おっ、ありがとよ」
答えてグラスを受け取った晋にビールを注いだあと、天城は妙にかしこまった様子でその場に座りなおした。隣にノアもやって来る。
「おっちゃん……おやじさんも、聞いて貰っていい?」
言われて安彦も晋の隣に来て、腰を下ろした。
「……どうした?」
晋は静かに尋ねた。
「遠野さん――今まで、本当にお世話になりました」
天城が頭を下げる。
「自分は明日から――研究所に入院します。遠野さんも既にお気付きと思いますが、頭痛発作に伴う意識の混濁が大分長引くようになって来ましたので、判断力があるうちあちらに移らせてもらおうと決めました」
晋は暫くグラスを握った自身の手元を見つめ――それから、視線を上げてノアに尋ねた。
「お前は……いいのか?それで」
「うん」
ノアが頷く。
「おっちゃん、食堂のほう、天城さんが抜けても大丈夫かな?僕は今まで通り手伝うけど」
「ああ」
晋はビールを煽った。安彦はうつむいて何も言わなかった。
「一人でやってた時期もあるからな、大丈夫さ。店の事は心配いらない……」
その夜皆が寝静まってから、晋は一人、布団の中で涙を零した。
「ちっ……いいトシして……何泣いてんだかな、俺も……」
忌々しげに呟き、拳で顔をごしごしと擦る。
天城がここに戻って来た時から……この日が来るのはわかっていた。けどあいつらが……あんまり物分り良く事態を受け入れていやがるから……俺にはそれが、哀れでたまらないんだ……。
堪えきれなくなって晋は両手で顔を覆い、嗚咽を漏らした。こんな風に泣くのはお袋を亡くした時以来だ――
「頼むよ――」
晋は食い縛った歯の間から呟いた。
「頼むよお袋――これ聞いてたら――あいつらを助けてやってくれよ――」
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