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第78話
天城はキオの向かいの部屋に入院した。両方の病室のドアを開けておけば、見舞いに来ている間、ノアは二人の様子を一緒に見渡すことができる。
食堂の手伝いを続けながら、ノアは研究所へ通った。キオは殆ど意識が無く、天城もまともに話せる時間が目に見えて減ってきている――だが、ノアはそれでも、二人と過ごせる事に感謝していた。殊に天城が――以前のような、記憶が無いからと自身を否定するような言動を一切しなくなったのが嬉しかった。頭痛発作を起こしたとき、やはり過去の記憶が断片的に蘇ることはあるようだ。しかし天城がそれにこだわることはもうなかった。天城も、ノアが必要としているのは、今、ここに在る自分自身なのだ、と理解したのだ。
天城が入院した時、人造兵仲間の相模と音羽にもその事を知らせたので、彼らも度々見舞いに来てくれるようになった。ノアと一緒にいることが、天城にとってどういう結果を意味するのか皆承知している。しかし誰も、二人の決断に異を唱えることはなかった。
銀嶺は津黒の店に行き、キオが喜びそうな物語の本をたくさん探してきた。聞こえないとわかってはいたが、ノアと銀嶺は、代わる代わるキオにその本を読んで聞かせた。
「ノア――」
午後の暖かい陽射しが差し込む病室――鎮痛剤の点滴でうつらうつらしていた天城がふと目を覚まし、掠れた声でノアを呼んだ。
「ノア、いるか?」
「いるよ」
ノアは天城の枕元で答えた。天城は管が繋がれた腕を泳がせ、ノアを引寄せた。ノアは天城の土気色の頬に自分の顔を押し付けた。
「ノア。俺は――幸せだよ」
天城が囁く。
「うん。僕も」
「約束が守れて――俺は幸せだ――」
「うん」
約束――ノアの側で、ノアのために生きてくれること。
「うん、天城さん。僕との約束を守ってくれてありがとう」
数日後のある日――ノアはいつも通り食堂の仕事を手伝っていた。お客が食べ終わった後のテーブルを片付けようとした時、左腕に違和感があるのに気がついた。
力が入らない?ノアは左の手の平を数度開いたり閉じたりして確かめた。動きが鈍い――なんだか痺れているような気もする。
それから暫くして、ノアは自分の耳が片方聞こえなくなっているのを知った。これはもしかして――キオが罹っているのと同じ病気ではないだろうか?――その直感は当たっているように思われた。
ひとまず晋たちには知らせずにおき、見舞いに行った時、ノアは研究所に自身の検査を依頼した。はたして結果は、ノアの予想した通りだった――それでは……ゆくゆくは自分も、キオのような状態になるのだろう。
ノアは天城の病室に行き、その事を彼に話した。天城は驚かず
「そうか」
とだけ言った。
「うん」
ノアは頷くと、ベッドの天城に覆い被さって、彼の身体を抱きしめた。
「僕、以前キオに噛まれたことがあるんだ。それが原因かもしれないって、研究所の人が。でもそんなの、どうでもいいんだ」
「そうだな、どうでもいいな……」
天城はノアの髪を愛しげにゆっくり撫でた。
「僕は平気なんだ。全然怖くないし。だけどおっちゃんたちには申し訳ないと思う――」
「うん……」
「早く話さなきゃいけないね。あまり長くは隠しておけないだろうし」
「ああ……早い方が良い……」
その後、食堂へ帰ってから――ノアは晋と安彦に、自分の症状の事を打ち明けた――
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