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第82話

病気の感染が発覚してから――麻痺がさらに進んでしまったノアは、研究所に頼んで天城と同じ部屋に入院させてもらった。 隣のベッドにいる天城は、暫く前から既に何の反応も見せなくなって、ぼんやりと天井を見上げているだけになった――天城は研究所に、今度自分がこの状態になったら――前回のような上書き処置は行わず、解体処分にしてくれるよう申し出ていた。体の各パーツは研究所に提供するので、今後に役立てて欲しい、と。ノアの命が尽きる日が来た時に――それは行われることになっていた。 ノアは今では両耳とも聞こえなくなっている。音の無い世界で、ノアはじっと天城の横顔を見つめて過ごした。 病室には、皆が入れ替わり立ち替わり見舞いに訪れてくれる。高熱にうかされ、体が弱っていくのを感じながらも、ノアは幸せだと思っていた。置屋に居た頃であれば、こんな風に動けなくなってしまったらたとえ息があっても即座に処分場行きだった。けれどここは違う。大好きな人々に見守られながら、天城と共に最後を迎えられるのだ――僕はなんて恵まれたバイオペットなんだろう。 意識が保てない時もあり、入院してから幾日経つのかノアにはもうわからなかった。そんなある日――晋が酷く興奮した様子で、勢い良く扉を開けて病室に駆け込んできた。ノアに向かって懸命に何かしゃべっているが、聴力の無いノアにはわからない。口の動きで見当をつけようとしたが相手が早口の晋では難しく、ベッドに横たわったままノアは、どうにか動かせる右腕で自分の耳を指差しながら小さくかぶりを振って見せた。 気付いて晋は喋るのを止め、枕元においてあるスケッチブックをとり上げた――普段ノアが見舞い客とのやりとりに使っているものだ――晋はマジックペンを掴むと、そこに大きく字を書いた。 ――キオが ――目を覚ました ノアは目を見開いた。キオが?どういうことなのだろう? 晋はページを繰って、更に続きを書いた。 ――研究所の人が新しい薬を作った。それがキオに効いた。次はノア、お前の番だ――

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