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第六章・12

 逸朗は、船津の顔を見た。  緩んでいる。  隙がある。  何があっても、自分だけは安心安全だと言う根拠のない思い込みがある。  典型的な、優秀αくんの陥りそうな穴だ。  そっと、腕を伸ばした。  船津は、それを逸朗が握手を求めてきたのだと勘違いした。  そうだよね、真柴。  綺麗ごとを言っていたようだが、君もただの男だ。  眼の前に転がって来た旨味には、勝てないんだ。  そっと、左手に隠し持ったカッターナイフを握りなおした。  カラオケボックスで逸朗に殴られたことを、船津は忘れてはいなかった。 (お返しは、させてもらうよ)  逸朗がこの手を取ると、その甲に斬りつけるつもりだった。

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