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「ん……」  初めて立ち入ったリュシアンの寝室。華美と質素が絶妙な配分で入り混じった装いの中、蘭珠の部屋のものより一回り大きい寝台の上で、蘭珠はリュシアンに抱き締められ、唇を塞がれていた。柔らかい敷布の上に二人向かい合って座り、リュシアンの両手は蘭珠の頬に、蘭珠の両腕はリュシアンの背にそれぞれ添えられている。 「ん、ふぁ……」  リュシアンの熱い舌が唇を割って、蘭珠の口中に侵入してくる。身構える舌にそっと触れ、縁をなぞり、ねっとりと絡み合う。互いの舌を味わうかのごとく、互いを呑み込むかのごとく、徐々に深く。 「ふ、ぅ……んぁ……」  合間に零れる蘭珠の息遣いと甘い声が、天蓋の中にひっそりと響く。漸く唇が解放される頃には、蘭珠の琥珀色の瞳はとろりと蕩け、常の鋭さをすっかり忘れ果てていた。 「ずっと……こうしたかった」  耳元で低く囁かれて耳朶を甘噛みされれば、蘭珠の背をぞわりとしたものが駆け抜ける。頬に添えられていた手がするすると首筋を下り、襯衣(シャツ)をはだけさせながら薄い肩や胸板を何度も撫でさする。その掌の熱さで、体の内からも熱が煽られる。いよいよ抑えがたくなった熱は、吐息となって蘭珠の唇から迸った。 「ん、うんん……くすぐったい」 「それだけか?」 「ひ、ぅ」  凹凸(おうとつ)も何もない胸を摩っていた指先が、突然薄桃の頂きに触れる。指の腹で転がされ、敏感に刺激を拾うそこは、容易に硬度を増した。 「ぁ、あ、そんな、そこ、ばかり……」  左の胸は指で弄ばれ、右の胸は唇で吸われ。こんな甘ったるい愛撫で感じたくなどないのに、勝手に体がびくびくと跳ねる。少しでも刺激を外へ逃がそうと上を向けば、仰け反った首を甘噛みされる。  甘美な刺激と熱に翻弄されているうちに、肩を押されて敷布へと倒れ込む。勢いがつかないように腰の下に回された腕に気づいてしまい、途端に羞恥が込み上げた。これではまるで、壊れ物だ。ささやかな抗議を込めてリュシアンの顔を見上げ、――息を呑んだ。  蘭珠以上に熱に煽られた顔が、そこに在った。頬は紅潮し、眉間には軽く皺が寄っている。薄く開かれた唇からはふ、ふ、と絶え間なく短い吐息が洩れ、何よりも、翠色の瞳がこれ以上ないほど欲に濡れている。自分がこの男にこんな顔をさせているのだと思うと、蘭珠は堪らなくなった。 「ランジュ……そなたの、全てがほしい」 「ん……」  再び胸元に顔が埋められ、白銀の髪が蘭珠の肌に散る。いつも子犬の狭い額を撫でていたように優しく梳いてやる。柔らかく、滑らかで、美しい髪だ。リュシアンは蘭珠のことを繰り返し美しいというが、リュシアンのほうがどこもかしこも余程綺麗だ。  光を透かすその銀糸に見惚れているうちに、リュシアンの手は蘭珠の大事なところへ添えられている。洋袴(ズボン)の内側へ潜り込んできた手の熱さに、太腿がふるりと震えた。 「う、あ、そ、そこは……」 「私に全て委ねていろ」  そ、と手を添えられる。その手の角度で既に己が昂っていたことを知り、羞恥で死にたくなった。  リュシアンの細い指は蘭珠のそれを撫でさすり、やんわりと握りこみ、愛おしそうに手の中で育て上げる。緩慢すぎるその刺激は蘭珠をじわじわと追い立て、行き場のない熱が体の中をぐるぐると巡る。右を向いたり左を向いたり、敷布(シーツ)を握り締めてみたり、リュシアンの背にしがみついてみたり、様々な方法でその熱を発散しようとしたが、余計にもどかしさが募るだけである。 「当、主、う、んんっ、いやだ、こんなの、我慢が利かぬ……」 「あまり可愛いことを言うな、歯止めが利かん」 「知ら、ぬ、あ、ああ、当主っ……」 「名前で呼んでくれ、ランジュ。私を目覚めさせた口づけのときのように」  仰け反った喉笛を舌で舐め上げられながら、あくまで柔らかい口調で言われる。もう何千回と聞いた声であるはずなのに、その甘い響きに脳が蕩けてしまいそうだ。請われるがままに、蘭珠の紅い唇がその名を紡ぐ。 「リュシアン……っ、ひあっ」  その名が飛び出した瞬間、何の前触れもなく蘭珠の秘めた入り口が暴かれる。唐突に突き立てられた指に驚き、混乱する内壁はその指をキュウキュウと締め付ける。途方もない異物感と、リュシアンの体の一部が内部にあるのだという充足感。そのどちらもが蘭珠の中で暴れ狂う。 「あ、ああっ、莫迦(ばか)、そんなに奥まで、ひ、ああっ」  ぐちゅぐちゅと湿った音がするのは、リュシアンの指が蘭珠の零したもので濡れそぼっているためだ。そんなに音がするほど激しくかき回され、蘭珠は身を捩って乱れた。 「すまぬ、そなたを見ていると止まらん」 「そん、な……っ」  胸の尖りを唇で吸われ、内壁を指で拡げられ、狂ってしまいそうなほどの快楽に翻弄される。蕩けた瞳で、リュシアンの広い背中とそこに散らばる白銀の髪を見ていた蘭珠だが、はたとあることに気づく。既に襯衣(シャツ)ははだけ、下衣もかろうじて足首に纏わりついている状態である己に対し、リュシアンはマントこそ外してはいたが、上着すら乱していないのである。これには些かむっとした。  己の胸にむしゃぶりついている男の頭を、そっと押して引き離す。きょとんと丸くなった翠色の瞳が不思議そうに見上げてくるが、構わずその襟に手を伸ばした。(ボタン)を外しにかかるが、手が震えてしまって上手くいかない。 「ランジュ?」 「ずるいではないか。おればかり、こんなに……乱されて」  複雑な飾りのついた金の釦をようやく外し、真青の上着をするすると脱がせる。中から現れた白の襯衣(シャツ)は汗で肌に貼り付いていて、逞しい胸板が透けて見える。男の色香がぶわりと漂ってきて、頭がくらくらした。  その襯衣(シャツ)の釦にも手をかける蘭珠を、リュシアンは黙って微笑みながら見ている。体内に埋まったままの手とは逆の手で、時折黒髪を優しく梳いた。 「というか、そもそもなぜ貴殿は服を着ているのだ。おれは人の姿に戻るとき、いつも、その、裸だというのに」 「ああ、毎回心臓に悪かった」  そう言って頬をさらりと撫でられる。彼の前で肌を幾度も晒してきたということが、今更途方もなく恥ずかしくなってくる。 「ふ、不公平だ。不条理だ。貴殿も、脱げ」  時間は要したが漸くリュシアンの体躯が露わになる。逞しく、それでいて無骨ではない、男としての美を追求し尽くした末のような理想体が、己を組み敷いていた。蘭珠はしばらくの間陶然とそれを眺めていたが、中心にそびえる屹立がこれ以上なく張り詰めているのを見、いたたまれない気持ちになる。さっと顔を紅くする蘭珠に、リュシアンはふふっと声を出して笑った。 「なんだか落ち着かないのだ、素肌が外気に触れているというのは。ずっと毛皮に覆われていたからな」  唐突にそんなことを言うものだから、蘭珠まで笑ってしまった。余りにも魅力的な男の姿なので忘れがちになるが、つい昨日までは子犬だったのだ。 「あの柔らかい毛の触り心地は嫌いではなかったぞ」  懐かしむように、白銀の髪を撫でてやる。するすると手から零れ落ちてしまうほど滑らかな触り心地は、これはこれで悪くない。 「だが獣の姿ではそなたを(いだ)くこともできぬ」  そう言って、再び覆いかぶさってくる。  体と体が一分の隙もなく重なり合い、余すところなくリュシアンを感じる。互いの昂りが腹の間で擦れ合っているのが何とも言えず倒錯的で、蘭珠は頭がくらくらした。和らいでいた熱が、急に息を吹き返す。  その熱をリュシアンにも伝えたくて、蘭珠はゆるゆると腰を動かす。昂ったふたつの熱芯が擦れ合い、犬が水を飲むときにも似た小さな水音が響く。顔のすぐ横にあるリュシアンの喉がコクリと上下した。 「ラン、ジュ……それ以上、私を煽るな」 「煽って、など、ん、くうっ」  蘭珠の体内を探っていたリュシアンの指が引き抜かれ、腹の間で擦れ合うふたつの欲望を柔らかく握りこむ。より密着した熱芯同士は、このまま溶けてひとつになってしまうのではないかと思うほど、熱い。  体内で荒れ狂う快楽の波に耐えられず、蘭珠は、覆いかぶさってくるリュシアンの背に無我夢中でしがみついた。爪が彼の皮膚に食い込んでいることには気づいていたが、止められない。そうでもしていなければ、意識が吹き飛んでしまいそうだった。 「リュ、シアン……」  名を呼んで、首にしがみつく。太く雄々しい首だった。汗ばんだ皮膚に唇を寄せ、やんわりと食みながら囁く。 「こんなの、長くはもたぬ。早く……貴殿がほしい」  そんな言葉が己の唇から出たことに、蘭珠自身が驚いていた。少し昔の自分ならば、絶対に言えなかった。高すぎる矜持と自尊心が許さなかった。だけれど、リュシアンという存在に全て溶かされてしまった。羞恥も意地も全て取り去って、どこまでも素直になれる。  だが、それまで尖った態度ばかりを取られてきたリュシアンには破壊力が強すぎたようだった。彼の手の中に握られた雄芯が急にその質量を増す。ひ、と蘭珠の喉から悲鳴がこぼれた。 「ランジュ、よいのだな」  はあはあと荒い息の中告げられた言葉に、こくりと頷く。肩口に埋まっていた顔を両手で持ち上げ、正面から見据える。つながる瞬間は相手の顔を見ていたいと思ってのことだったが、すぐに後悔した。  獣の姿のときよりもなお獣に近い顔がそこにあった。翠玉の瞳はギラギラと剣呑な光を宿し、色の薄い唇は濡れ、皮膚には玉の汗がいくつも滲んでいる。喰われる、という本能的な恐怖が背を伝う。蘭珠の胸中に怖じ気が生まれるが、遅かった。  両脚が持ち上げられ、肩の上に担ぎ上げられる。大事なところが全てリュシアンの眼前に晒される形になり、忘れかけていた羞恥がぶわりと蘇った。 「あ、リュシアン、こんな……」 「ランジュ」  低く、唸るような声音で名前を呼ばれる。それだけで蘭珠は何も言えなくなった。  ぴとり、と。濡れた先端が宛がわれる。体を暴かれる恐怖。一線を越えてしまう不安。己が己でなくなってしまうような畏怖。全てが、はじめの一突きで吹き飛んだ。

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