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第2話ー3

「酒は飲めないのにね」  薫と梓が声を立てて笑うと、それを聞きつけた長谷川がオーバーリアクションで絡んでくる。 「おい薫!いま弥生さんと俺のことで笑っていただろう!」   梓に恋をしている長谷川が、先程から恨めし気な表情で見ていた事には気付いていた薫である。賑やかな店内では斜め向かいに座る長谷川まで声は届かないようだ。 「そんな訳ないだろ。長谷川の1年だった頃の武勇伝を、弥生さんに話してたんだよ」  爽やかな笑顔で嘘を吐くと、長谷川は興味津々に身体を乗り出してきた。仕舞には、我慢し切れなくなったのか、薫達の席まで歩いてくると薫と梓の間に座ろうと試みる。  梓に戸惑った様な表情が浮かび、薫はさり気なく梓との距離を詰めて長谷川を左隣へと誘導した。不満そうな顔を隠さない長谷川である。 「で、どの武勇伝?」  薫の肩に腕を掛けながら楽しそうに聞く彼の中では、よほど武勇伝が溢れているのだろうか。暑苦しい人間だが、それでいてどこか憎めない彼に苦笑を漏らすと、薫は回された腕を手の甲でやんわり振り払う。 「そんなことより、幹事の長谷川君。」 「そんなことって酷いなおい!」 「うんごめん。風間は大丈夫なの?」  適当に切り替えて話の流れを逸らしながら、薫は先程から実際に気になっていた彼の行方を尋ねた。風間は店に着いた途端、急用が入ったと言いながら出て行ってしまったのだ。風間の自由奔放さに慣れている薫はただ彼を見送るだけであったが、飲み会でそのような行動を取るのは風間にしては珍しい。 「あー、あいつな。連絡不精の割に、最近はスマホ気にしてるとき多いよな」  長谷川が思い出した様に呟く。  普段、風間はスマホを殆ど使用しない。必要最低限の連絡は、同居人である薫にはよこすものの、雑談のツールとしてはほぼ機能していないと言っていい。その彼が気に掛けるというのは、今朝の事といい確かに何か引っかかるものがあった。  薫のそんな疑問を置き去りにして、周囲の学生達は話題を派手な風間の女性関係に見付けたように噂話をし始める。ついに彼女でも出来たんじゃん?あの連絡不精の風間が女出来ただけでまめになる?いや、あいつ自分の恋愛絡みの話って意外としないけど、彼女が出来ると案外優しいんだよ。俺この前見たよ、ショートヘアの綺麗な彼女と歩いてるとこ。俺が一昨日見たのはロングヘアの美人だったけど?なにそれ結局、風間って誰が本命なの?  そんな会話をただ受けながら、風間と同居している事により、否が応でも身近で女性関係を見てきている立場の薫としては特に真新しい情報でもなく、寧ろそれに耳を塞ぐかのようにグラスを口につける。

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