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第2話ー5
「あ、本当?」
両手を胸の前で合わせた梓が嬉しそうに笑い、続けて何か言おうと唇を開いた。その瞬間、スマホが振動し、ごめんと一言謝って表示に目を滑らせる。噂をすれば何とやら、風間からだった。
「長谷川、風間の鞄持ってる?」
「ん?あーそういや、多分すぐ戻るとかで、薫に渡しておいてくれって言われてた。連絡来たの?」
ほら、と長谷川が放るようにして鞄を寄こす。薫は頷きながら画面に表示された位置を確かめる。新宿五丁目東交差点。新宿三丁目駅付近だ。普段、風間が行動する範囲外の場所に若干の疑問を持ちながら短い返事を返した。
「風間もう来るって?いまどこ?」
「新宿三丁目駅。風邪気味らしいから、悪いけどあいつ拾ってそのまま帰るな。」
適当に言い訳をして二人分の料金を長谷川に渡すと、大丈夫かよ、と心配そうに長谷川が尋ねてきた。彼のこういった一面は好感が持てる。
「新宿三丁目なら、私も一緒に行っていいかな?」
梓が控えめに尋ねてくるが、彼女の自宅の最寄り駅は初台のはずだ。初台であれば、東京メトロの新宿三丁目駅から乗り換えて帰るよりも、京王線の方が一本で済む。一瞬、疑問を投げかけようとするが、彼女の友人が来ていない状況では居づらいのだろうかと思い直した。梓を送るために京王線に寄ってから、新宿三丁目へ向かえばいい話だ。
長谷川が再び恨めしそうに薫を見遣るのを横目でみながら立ち上がると、梓も控えめな動作で薫の後を追う。
「長谷川、これやるから許してよ。」
薫が手にしたグラス。透明の液体に氷が浮かんでからりと音を立てる。
「なんだよ、ただの水じゃん!ばっかやろー」
梓を連れて行ってしまう薫に悪態をつきながら、長谷川は残念そうな表情でまた飲もうね、と梓に声をかける。梓が「うん、また今度ね。」と可愛らしい笑顔で手を振るものだから、長谷川は緩み切った顔を隠せない。ぽわんとした表情で、何の疑いもなく薫から受け取ったグラスを口に含むと、一瞬にして噎せ込んだ。
「っておい薫!これ酒じゃねえか!」
「残念。俺が一番好きな芋焼酎で許してもらおうと思ったのに。長谷川の口には合わなかった?」
「…お前、風間に似てきたな。」
「そんなことはないよ。」
薫は爽やかに笑うと鞄から未開封のペットボトルを取り出し、長谷川に手渡した。梓が長谷川の様子に思わずくすくす笑い出すと、長谷川は毒気を抜かれた様にがっくり肩を落とした。
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