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第3話ー7

「お前って、誰かと付き合ってる感じはなかったし。それに皆の前じゃいつも、品行方正、清く正しく美しくって感じで通してたから」  そんな宝塚みたいな、と苦い笑いを漏らして視線を地面に落とす。風間は自分を誤解している、薫は胸の裡で呟いた思いを言葉にする事なく、瞳を逸らしたままぎこちなく笑った。 「お前があり過ぎなんだと思うけど」 「それは否定しない」  風間は、まだ長さの残る煙草を携帯灰皿に仕舞うと、それを何気なく掌で遊ばせる。 「意外と、隠れスケベな奴だなって感じ」 「…一応、俺も男なんだけど?」 「確かに。男は皆エロい事を考える生き物だ。」  調子良く同意する彼が、目を細めて口許緩ませた。 「お前が言うと説得力があるね」 「誉め言葉として受け取って置こう。」  飄々と返す風間は、携帯灰皿を手中で跳ねさせるように空へ数回投げて、意外だなあ、と再度独り言ちている。こんな程度でそう言われるとは。普段抑圧している風間への感情を彼が知ったら、そんな言葉すらも出てこないに違いない。  夜風が少し肌寒さを伴って薫の頬を撫でる。遠くで若者の声がけたたましく響いて、慣れ親しんだ新宿の喧騒にどこか安堵を覚えた。薫は小さく息を吐いてから、ロッカーに後頭部を軽く預けると、出口を求めるように視線を空へと投げた。 「意外って言うほど、お前は俺のこと知っていたかなあ」  思わず返した言葉は独白めいていたが、風間は何を察知するでもないかのように口を開く。 「お前の部屋をさり気なく家探しした時に、男なら持っているはずのDVDが無かったからな。小説とか参考書ばっかでさ。やっと見付けたと思ったら、映画のDVDだし」  心底残念そうな表情をされるが、薫としては家探しされていた事が驚きである。別に困るものもなく、確かに風間が評する通りの物が大半を占めはするが。 「あ、誤解するなよ。俺もたまには小説を読もうと思って、お前の部屋から拝借ついでに見学しただけだ。因みにお前がバイト明けで寝てるとき」 「…ラディケの『肉体の悪魔』を持っているのはお前か」 「正解。」  本好きの薫は、持っている本をほぼ全て把握している。作者順に並べるのは勿論のこと、気に行っている蔵書はそれ専用の棚に並べており、無くなっているのは一目瞭然であった。風間の事だ、恐らく名前のニュアンスで何となく手に取ったのだろう。

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