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第3話ー8

「というか、風間が知らないだけで。俺は1年の時に何人かと付き合っていたよ。一応言っておくけれど」  同居したばかりの大学1年生の頃から、風間に想いを寄せていた薫は、女性関係の派手な彼の様子を毎回見ているのが辛くなり、告白された数名と付き合って居た事があったのだった。若気の至りというやつだ。今だから言える事ではあるが、付き合っていた当時は、その事を知った所で彼が何とも思わないと分かっていながらも、話した事はないし、話したくもなかった。 「何で言わないんだよ。男?女?」 「もう忘れたよ」  逃げの姿勢で適当に誤魔化すと、風間が手元の小石を拾って、教えろとでも言うように戯れに投げつけてくる。 「聞いてどうするんだよ」 「減るもんじゃないだろ、隠されると気になるってやつだ」 「…まあ、どっちも」 「バイセクシャルだ。」 「バイセクシャルだよ。」  何を今更、と苦笑する。聞いた割に風間は何も答えることなく、薫も何も言葉を続けなかった。  暫く沈黙が流れた後、手持無沙汰の薫が携帯を取り出す。長谷川から、現状を心配する様な連絡が数通届いていた。適当に、大丈夫な旨と感謝の言葉を短く纏めて送信する。梓にも、念のため帰宅したかどうかの確認を含め、長谷川よりも長めの文章を送っておいた。 「薫」 「ん?」 「手、貸せよ」  起こせ、という事らしい。今は言い返す気も起らず素直に手を差し出すと、風間はその手を引っ張り薫が倒れ込む。そのまま肩に腕を回すと、首元に軽く吸い付いて微かな痕を残した。 「まあ、さっきのお返しだよ」  何てことない顔で笑うと、無言で驚いている薫を置いてさっさと立ち上がる。ジーンズのヒップポケット部分を軽く払うと、薫が手に持ったままの鞄をさらった。 「なんだ、いつもの応酬はどうした」  風間に続いて立ち上がった薫は苦笑し、何も返さなかった。恐らく、ぎこちなくなってしまった薫への、彼なりの気遣いなのだろう。その気遣いが、想いに気付いているためとは想像し難いが。 「精々うまく隠せよ。お前の事を密かに想ってるやつらが泣くぞ」 「…この位置、お前のより上で凄く隠しにくいんだけど」 「隠れたら嫌がらせの意味ないだろ」  悪戯が成功した子どもの様に無邪気に笑う。

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