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第3話ー9
薫は、肩透かしを食らわされたような、救われたような想いで、また一つ臆病になる。そんな様子に気付く事なく、風間は眠そうな欠伸を一つ零すとロッカースペースの外へ出るべく歩を進めた。
瞬間、歩を進めた先から乾いた音が弾け、風間がバランスを崩しそうになる。
「ちょっ…風間!」
咄嗟にその身体を支えようと腕を回すと、彼がよろけて倒れ込んできた。そのまま風間を抱きとめると、ほっとして安堵の息を吐く。彼を腕に確保したまま、何があったのかと彼の肩越しに足元を見遣ると、ファミリーマートの袋から顔を覗かせたミネラルウォーターが、封を開けないまま道路の上に転がっている。
「…風間、大丈夫?」
「おー。危ないな、ポイ捨て禁止だ。」
どうも、と彼が感謝の意を伝えながら、解放を促す様に回した腕を軽く叩く。特に驚いた様子もなく、欠伸をまた一つ落とす彼は、相変わらずのペースだ。薫は、直ぐ真横にある血の付いた耳垂を目端に捉えながら、腕をそっと解いた。
「それ、念のため消毒した方がいいよ。」
律儀にペットボトルを拾い、ゴミ箱へと投げ捨てる彼の後ろ姿へと声をかける。思い出した様に、耳垂を触りながら曖昧に返事をする彼が、ふと思い立ったように尋ねた。
「お前、明日暇?」
風間の問い掛けはいつも唐突だ。薫は半ば呆れたように苦笑いすると幾分乱れたアウターを整えながら腕時計を見た。22持45分。
「暇じゃない、午後から授業。風間と同じスケジュールのはずなんだけど。」
「明日の社会学は発表聞くだけだろ?自主休講だ。」
「単位は?」
「余裕、計算済み。という訳で飲みに行こう。」
何がどういう訳なのか、風間は一方的に決め込むとついて来るだろと言わんばかりに、薄暗い街灯の下を悠々と歩き出した。何を勝手な、と反論しようとしたところで、今しがたの件含め、最近の行動への違和感や、普段はあまり公言しない風間の行動範囲に興味があった。
結局、薫は惰性半分、関心半分で、ついて来ると疑わず、振り向く事もしないその背を追った。背丈のほぼ変わらない彼との歩幅は、一緒である。こちらが追いかけるか、むこうが振り返って近付くかをしない限り、この距離がずっと変わる事はないだろう。
薫は、急ぐでも遅れるでもなく、一定の距離を慎重に保ったままで、彼の歩幅をただ見詰めた。
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