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第4話ー4

「薫をあまりいじるなよ。お前と違って真面目なの。」 「いやいや、お前に言われたくないぞそれ」 「それもそうか」  はは、と邪気なく笑いながら長谷川に回していた腕を解くと同時に、教授が室内へと入ってくる。薫への関心を逸らしてくれたであろう彼を、教授に目を向ける振りをしてちらりと見る。前方を眺めている風間の表情に変化はなく、やはりいつも通りに見えた。実際、けしかけてきたのは風間の方だったのだから、自分だけが気にする話ではないと言えばそうなのかも知れないが。  薫は、燻っていた感情を吐き出す様に、ひっそりと長い溜息を吐き出すと、身体を緩く背凭れに預けた。マイクのスイッチを押す際の電子音が一瞬響いて、教授が授業の準備を始める。傍らの助手がスクリーンを下ろすのに手間取っている間、控えめなヒールの足音が聞こえ、薫の後ろの座席で止まった。誰かが座ったらしい小さな振動が、後方の机と連結している椅子伝いで感じられる。  周囲の学生に控えめに挨拶をしてる声は、梓だった。多少気にかかってはいたので一安心していると、花のような甘いかおりが、ふわりと薫の鼻腔を掠めた。 「芳野君、おはよう」  耳元で響いた声はいつもより柔らかく聴こえるのに、緊張しているような心許なさがあった。近い距離で届く言葉に、身体を斜めに引いて振り返ると、梓が僅かに身を乗り出すようにして薫を見詰めてくる。 「ああ、おはよう。昨日は大丈夫だった?」 「うん、大丈夫だったよ。メールくれてありがとう、ちょっと色々あって、返信できなくてごめんね」  一瞬、目を伏せるように笑った梓に純粋な疑問を抱いたが、女性に対して無神経に深追いするのもどうかと思い、微笑を返すに留める。先ほどと同じ、ふんわりと甘い香りが風に乗って薫へと届く。 「甘い香りがする、香水?」 「あ、うん。香りきつくないかな?大学の前に新宿に寄って、つい衝動買いしちゃったの」  嬉しそうに顔を綻ばせる彼女は、笑顔になると一段と可愛らしくなる。ふわりとした髪が軽く揺れ、薄く色付いた唇が綺麗に弧を描いた。 「きつくないよ。それに、似合ってる。弥生さんに」  本心だった。それと同時に、梓のようなタイプが恋人であれば、何の葛藤も抱かず恋愛感情を楽しめるのだろうか、と一瞬想像する。しかしそこには風間に対する様な熱が伴わず、凪のような穏やかさでしかなかった。

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