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第4話ー7

 その後ろ姿を一瞥してから再度視線を戻すと、梓が鞄から紙を取り出して薫におずおずと差し出している。何かと思いながら受け取ると、よく名を耳にする有名監督が作っている映画広告だった。梓の父親は映画や舞台などを取り扱うキャスティング会社で働いているのだと、長谷川経由で以前聞いた事がある。興味を惹かれてその広告を見ると近々公開予定となっている、とあるミステリー小説を映像化した作品だった。 「それね、たまたまチケットを貰ったの」  想像するまでもなく、父親の関係で譲り受けた物だろう。そうなんだ、と相槌を打ちながら梓を見ると、迷うような瞳が助けを求めるかのように薫を見上げている。その様子に、数秒頭の中で思いを巡らせる。  まず考えたのは、映画好きの風間を暗に誘っているのだろうか、という疑心。次に、長谷川に何と言い訳しようか、という若干の後ろめたい気持ち。そして最後に、彼女は恐らく自分に好意を持っているのだろうな、という、納得するような思いだった。 「この小説、俺も読んだことあるよ。映画映えしそうな内容だよね」  無難な事を口にして受け取った広告をさり気なく返すと、自然な態度を装って腕時計をちらりと見留める。アルバイトまでの時間に余裕はあるが、ここで長居をして彼女の想いに深入りするつもりは毛頭なかった。都合よく遠くから梓の名を呼ぶ女性が目に留まり、振り返ったタイミングを逃さず薫は身体を前方へと向け始めた。 「その作品、観たら感想教えてね。これからアルバイトだから。また明日、ね。」  柔らかい視線を梓に流しながら笑いかけ、控えめに手を振る彼女を確認してから駅へと歩を進める。はじめから返す事のできない好意は、気付かない振りを決め込んで育てないままがいい。それが、薫なりの梓への優しさではあった。  一方、自分は?薫は淡々とした想いで自己を顧みる。  地中で疼く根のように、太陽や水といった栄養素を欲しがっている。風間から。彼をもっと知りたい、近付きたい、触れたい。それからキスをして、自分の腕の中に抱き締めて、彼にどこへも行ってほしくない。  薫の鞄を持つ指が微かに震えて、焦りとも怒りとも付かない感情が急激に入り込んだ。昨日の出来事があってからの自分は本当にどうかしている。今まで一体、この衝動的とも言える感情をどのようにコントロールしていたのだったか。

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