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第4話ー8
感情とは裏腹に、機械的とも言える足取りで、薫はいつも通り改札口を抜け、滑り込んできた各駅停車に乗る。いつの間にかきつく指を食い込ませていた鞄から、ゆっくりと力を抜いて腕を下方へと投げ出す様に下ろす。
どこまでこの忍耐が続くのか、薫にはもう自信がなかった。そもそも我慢している必要があるのか。風間が煽ってくるようなら、もういっそのこと全て曝け出してこの関係性を壊してしまおうか。
悶々としていた薫はドアに背を預けると、鞄から取り出した小説を読み始めた。――早い話が、自分の感情に振り回される事に疲れたのである。そもそも、自分ひとり考えていた所で、何かどう解決する訳でもない。そう思い直した薫は、心の内でその感情に”保留“のラベルを付けると、ひとまず頭を空っぽにして小説の文字を目で追った。
ルーチン業務は、感情を捨て去るのに効果的だ。何も考えず、淡々と目の前の事柄に集中できる。
その日のアルバイトは都合が良いことに忙しく、余計なことを考えている暇はなかった。アルバイト先のクリニックは精神科・心療内科を掲げており、春先という事もあってか患者の数は右肩上がりだ。保険証を受け取り、予約表をチェックし、処方箋等に院長の印鑑を押してから会計を済ませる。決まりきった手順を型通り行って、最後にクリニック内の清掃をいつも以上に丁寧に行ってから仕事を終えた。
心地良い疲労感を身体に覚えながら、最寄り駅で下車する。店舗が多く賑わっている中心地から、少し離れた場所に位置する最寄り駅は、地元商店の活気が根強く残っている。雑然として、どことなく温かみのある街並みが、薫は好きだった。アルバイトの疲労でどこかぼんやりした頭のまま、食材のストックがほぼ切れている事を思い出し、スーパーで買い物がてらビールを買った。薫はヱビス、風間はアサヒが定番だ。片手にビニール袋をぶら下げ、そう言えば風間は夕飯を買っておくと話していたっけな、と思い出しながら、鍵を取り出し玄関のドアを開けた。
室内は暗くひんやりとしている。玄関には風間の靴が数足、雑然と転がっているが、それはいつもの事だった。薫はスーパーの袋を廊下に置くと、スニーカーを脱いでシューズラックに仕舞う。
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