30 / 39

第4話ー10

「疲れてる?」 「かもな」 「何かトラブルでもあった?」 「トラブルにならないよう、早期に対応しているところだ」 「その怪我とも関係しているの?」 「…お前、若干酔ってんだろ。」  酔ってない。薄っすらと笑いかけてから、片膝のみを立てたまま、その上に腕を投げ出した。からん、とグラスの中の氷が揺れて、控えめな音色を響かせる。目前の弁当は今しがた温めたばかりなのだろう、フィルター内に水滴が付いていた。  風間の視線が何かを確認するようにこちらへと向いているのを感じる。薫は視線から逃れるよう弁当に手を伸ばそうとするが、それを遮ったのは風間だった。 「ちょっと肩貸して」  ふわり、香水が漂ってきて、風間の癖のない黒髪が首元へと預けられた。昼間の花のような柔らかさとは異なる、すっきりとして甘さのない香り。  伸ばしかけていた手が、心の動揺と共に何時もの様にまた震える。置き場に一瞬迷った手は、彼に触れるでもなく、かといって彼から求められるでもなく、最終的に後方のソファへと置き場を定めた。 「…何度も言うけど、こういう事はお前がよく遊んでる女性にしてもらったら好いんじゃないの」  あくまで穏やかに話す声は、自制を込めた意図だった。その意図とは裏腹に、アルコールも手伝ってかどことなく身体が微熱を発しはじめる。 「役割分担ってのがあるんだよ」 「へえ、初耳。俺の役割は?」 「癒し担当?お前と居ると、何となく落ち着くし」  肩口に頭部を預けたまま、風間がちらりと薫を見上げゆったりと笑った。風間は、他者に対し明け透けに全てを見せないが、本質的には人に甘える事が好きなのだ。大学1年の時から彼と過ごして気付いた事だった。  戯れ程度に薫に絡み、時には今現在のように、無防備に弱っている所をちらりと曝け出して見せるのだ。恐らく彼自身は無自覚なのだろう。もしくは、干渉される事を嫌う彼が、薫にそれを見せた所で深く追求してこない事を承知しての上なのか。どちらであっても、薫にとってはつけ込んで良いと言わんばかりの態度としか受け取れないのだが。  薫はそこで、ふっと苦笑を漏らして思考と欲望とを霧散させると、ソファに投げ出していた手を軽い動作で持ち上げて、風間の髪を指先で何気なく梳いた。

ともだちにシェアしよう!