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第4話-13

「それがどうした。」  事もなげに言ってみせる風間だった。海底に沈めているアンカーが、重量を失って急浮上するように抑えていた感情が主張し始める。逃げた先を追って、勝手な言い分を押し通す風間の唇が再度重なる。態度の割に、彼のキスは穏やかで優しく、錯覚してしまいそうなほど甘い。  薫が身体の力をゆっくりと抜き、それに気付いた風間も軽く添えていた手をソファへとずらした。唇の上で時折軽く戯れていた舌先が、腔内に侵入しようとするのを見計らって、彼の後頭部を静かに掴むと後方へと引かせた。間近で絡む視線を逸らす事なく、薫はどこか睨むように見返しながら、唇に微笑を浮かべた。 「…節操なし。」  何も言葉を返す様子はなかったが、薫はそれを確認するより先に彼の腰に腕を回すと、身体を捻るようにして彼と自分の位置を逆転させる。風間がソファの下部に背中を打ち付け、低い声で微かに何か呻いた。どのみち大した痛みではないだろうと思いながら、彼の両膝を囲うように薫が跨ると、腰に回していた片腕を滑らせ両肩を抱く。衝撃に顔を俯けていた風間が、その事に気が付き顔を上げると同時に、その唇を奪った。  背後では、未だにニュース番組が淡々とした調子で流れている。それに反して室内は、少しずつ熱量を上げていくかのようだった。戯れなしに腔内へと入り込ませた舌先で、彼の舌を絡めとる。何度か繰り返す度に、湿った水音が微かに漏れて、耳元へ届く。頭の芯が、アルコールも手伝ってか、蝋のように溶けていくような感覚が襲う。  理性を保つよりも、欲望を解放した心地良さへと身を任せた薫には、あれほど欝々としていた戸惑いは今、完全に頭に無かった。そもそも、なぜあそこまで頑なに自己をコントロールする必要があったのか、そう感じるほど薫の理性は遠くへ追いやられつつある。  そっと頬を撫ぜる掌が、風間の客観的な存在を思い起こさせる。薫は息継ぎがてら唇を離すと、幾分乱れた呼吸とともに彼を見下ろした。 「…いいね、その顔。」  無関心というよりは、どこか冷静で、薫を観察するような瞳を向けながら風間が言った。 「危機感、ないんだね」 「お前に?持つ必要ないだろ。」  要は、男であっても。異性愛者である彼にとっては、自分はただの友人だからか。薫は分かり切っていたごく当たり前の事実に純粋に傷付いた。

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