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第4話ー15

 眩暈にも似た感覚が薫を襲って、背中を這っていた手を衣服の下からそのまま肩口へとまわした。薫と風間の距離感がより近くなり、触れ合った胸部から心臓が波打つリズムを感じる。彼の心音が把握できないほどに、薫の心臓が大きく響いているかのようだった。角度を変えてすくう彼の舌先は、従順というよりも、躁急に彼を求めるペースに合わせられずにいるのだろう。薫の意のままに翻弄されている。  合わせた唇に微かな隙間ができる度、酸素を欲して風間が呼気を乱すのを数回繰り返したところで、先ほど覚えた眩暈のような感覚は酸素不足が要因である事にようやく薫が気付いた。密に触れ合った唇の体温をそっと解いて、上体を僅か後方へ引く。瞬間、風間がギブアップと言わんばかりに顔を横に背けると、数回軽く噎せてから乱れた呼吸を繰り返している。  薫はそれをじっと見下ろす。横へと向けられた顔の輪郭を覆うように、彼の綺麗な黒髪が流れる。呼吸を行う毎にその髪が彼の肌の上で振動し、薄く色付いた頬や目元を時折覗かせてはまた隠した。その表情をもっと見たいと肩口に回していた腕を下ろして髪を払おうとすると同時に、閉じられていた瞼がゆっくりと開く。瞳が薄暗い室内を揺蕩い、何を見留めるでもなくぼんやりとした表情を浮かべる。  薫は指先で頭部を包み、掌で頬を微かに撫でるよう愛撫しながら、彼の目元の黒髪を親指の腹で払った。きゅっと小さく瞼が閉じられて、頬を撫ぜる薫の体温に、呼吸を安定させたばかりの風間が安堵のような甘い溜め息を吐く。それから、斜め上へと、薫の姿を捉えた瞳が向いた。  甘さに気怠さを匂わせるような、水分を含んだ瞳。拒否や嫌悪といった表情なく、どこか薫を信じ切ったような、かと言って受け入れているとも表現し難いような、そういった様子と妙な色っぽさとがアンバランスに滲む。  薫の心臓が、彼への感情の確かさを刻むかのように、とくり、と小さく鳴った。 「あー…もう、無理。めちゃくちゃ可愛い。」  凶暴なまでに向けていた欲望が、一気に弛緩する。残った感情は、風間への疑いの余地もない恋心だった。  薫は全身の力を抜きながら掴んでいた左手を離し、風間を抱き締める代わりに、彼を囲うように両肘をソファへと付いて首元に顔を伏せた。いつの間にか、彼の存在を想起させる香水の香りは既に薫へと馴染み、最近覚えたばかりの肌の匂いが鼻腔を擽る。

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