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第42話
「渉兄さん出てきて。ねぇ、前みたいに一緒に話をしようよ。お願いだから、」
ドンドンと扉をたたく音。それは鳴り止むことなく続けられる。
朝起きて、そして学校から帰ってきて...ひよりは毎日のようにこうして俺の部屋の扉を叩き、声をかけてきた。
「どうして...どうして出てきてくれないの...私を、見てくれないの、」
そして俺はひよりのその言葉に眉をひそめる。
―“見てくれない”だって?ふざけるな。今まで兄貴一色で全く俺のことを見てこようともしなかったくせに。
兄貴が死んだ瞬間、態度をこうも変えやがって。
「もう、渉兄さんしかいないの...渉兄さんしか、頼れる人はいない。ねぇ、分かるでしょ?お義父さんもお義母さんも...一度も本当の家族のような愛をくれない。表面的にしか接してくれない」
ついにひよりは泣き始めたのか、小さな嗚咽を含ませながら訴えてきた。
だが俺は特に反応することもなく、ただただ窓から外を眺め続ける。
―都合が良すぎる考え。兄貴の偽りの家族愛に気がつくこともなく、しかも兄貴を恋愛感情で愛し続けたひより。
才能の無い俺ではなく、万能な兄貴を選んだ。そして兄貴に愛されることを望んだ。
だけど兄貴は死に、兄貴に愛されるというひよりの望みは奪われた。義父にも義母にも壁を作られる。
そんな中残っていたのは―――
――周りから比較され、そして見捨てられていた、この俺だった。
好きだったはずのひよりからの好意も、もう喜べなかった。
結局は今のひよりも俺を求めていても、それは表面的なもので、本当の俺自身が欲しいというものではなかった。
―本当に見てないのは、ひよりの方じゃねぇか。
そうしてそれからしばらく経った後、漸くひよりは諦めたのか扉の前から去っていった。
俺は扉越しに、先程までひよりがいたのであろう場所を一瞥する。
しかし部屋を出ることはなく、鍵も閉めたまま。ましてや、ひよりの後を追っかけるなんてバカな行動をすることもない。
俺が部屋を出るのは家に誰もいないときと、
「あっ、土屋、」
毎日、夕方に迎えに来る土屋が家にやってきたときだけだ。
俺は窓の外から、車を降りる土屋の姿をみつけてすぐに部屋を出ていった。
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