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第44話※ひより視点

 「ダメ、そんなの許さないんだから」  私は強く拳を握り、鋭く男を睨む。  だけど男は笑みを崩すことなく浮かべ続けた。  ―ダメだ、このままではまた渉兄さんが連れて行かれてしまう。  ただ怒るだけじゃダメなんだ。少しでも同情を引いて...  「...っ、渉兄さんは変わった...私のことも見てくれないの。でも歩兄さんがいない今、私には渉兄さんしかいないの!」  「...へぇ。」  「だからお願い、渉兄さんを連れて行かないで、」  こんなに感情的になったのは初めてだった。 そのせいか、両手は小さくカタカタと震えた。  「あぁ、そう」  しかし目の前の男は表情をそのまま、そう冷たく言葉を投げ捨ててきた。  まるで今の私の言葉など全て聞き流していたかのように。  そして歩みを進め渉兄さんへの部屋へと近づいてくる。  男が階段を上りきったところで漸く私は慌てて男の胸を押し、動きを止める。  「ま、待って...っ!明日は...明日は渉兄さんの誕生日なの。だからお願い...せめて明日だけでいい、私に時間をちょうだい。渉兄さんを連れて行かないで...」  「ふーん、まぁ俺はかまわないよ....でも本人がどう言うか。きっと無理だと思うけど、」  すると急に男は大声で渉兄さんの名前を呼んだ。  その声に反応したのか、すぐに慌ただしい足音が静かな家の中に響き、私と男の前に渉兄さんが姿を現す。  「わ、渉兄さん...っ!!」  数日振りに近くから渉兄さんの姿を見た私は身を焦がすような思いに駆られた。  私は男を抑える手を離し、渉兄さんに詰め寄った。  「渉兄さん、お願い行かないで!この男とどっかに行ってしまうなんて嫌なの、お願い、お願いだから、」  ついに感情はおさまることなく一粒、また一粒と流れた涙で頬を濡らし、私は懇願する。  ―だが、  「五月蠅い、俺に指図するな」  「きゃっ!!」  渉兄さんは私の肩を乱暴に横へ押しどけ、男の元へと駆け寄った。  強い力に私は堪えることができず、廊下に尻もちをつく。  「そん、な...」  ショックだった。ぶつけた体も、そして心もひどく痛んだ。  私は口を閉じることも忘れ、悲観するまま2人を見上げた。  視界に写るのは、ただまっすぐに男を見つめる渉兄さんの姿と....優越感に浸り、こちらを見下ろす男の姿だった。  そして男は何事かを渉兄さんの耳に囁くと、そのまま渉兄さんは頷き、自分の部屋へと戻っていった。  渉兄さんの姿が見えなくなるのを確認して男は私の目の前にかがむ。  「かわいそうに。しょうがないから連れて行かないであげる。」  「...ほん、とう、?」  その言葉に渉兄さんを連れて行かれなくてすんだのか、と私は僅かに瞳を明るくする。  だけど笑顔のまま次に言ってきた男の言葉に私は一瞬にしてその光を奪われた。  「変わりに今日は俺がここで過ごすよ。渉君のお母さんからも渉君を好きに扱っていいって許可ももらったから。」  それだけ言うと男はゆっくりと立ちあがり、固まる私を置いて渉兄さんの部屋へと歩いていった。  ―結局...結局渉兄さんは取られたまま。  「わ゛あ゛あ゛あああぁぁぁぁっ!!!」  思い通りにいかないこの事実にたいして、私は大声で泣き喚くことしかできなかった。

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