58 / 79
本編最終話
―ポーン...
新しい住居に鳴り響く、ピアノの音色。
いつしか、いくつもの音が紡がれ美しい音色であたりは包まれる。
「あら、ピアノの音が聞こえるかと思ったら...渉、帰ってたの?そうだ、さっき見たけれど今回もテスト、すごかったわねぇ。やっぱり渉もやればできる子なのよ。今から有名私立大学を目指すのも、遅くはないんじゃない」
「...あぁ、そうだね」
突然現れた、美しい音色にそぐわない声に眉をひそめる。
「そうそう、今日は渉が大好きな料理を作ってあげるわ!あと、何か欲しいものとかはない?何でも買ってあげる」
「いや、いいよ。お金なんて使わないで」
「何言ってるの、可愛い可愛い、自慢の息子のためだったら何でも買ってあげるわよ!」
「...じゃあ、何か考えておく、」
そう言えば、満足したのか母親は居間へと戻っていった。
そして再び、心地よくピアノを弾き続ける。
外は雨が降っており、ピアノの音色と雨音がきれいに混ざり合っていた。
「...この曲、すごく好き 」
いつの間にかやって来たひよりは、いつものようにピアノの前に座り込み、音色を聴き続ける。
「ひより、協和音って言葉を知ってるか?」
「...協和音?」
「あぁ、この曲は協和音が多い曲でね、」
チラリ、と横目にひよりを見れば、分からないといった様子で首をかしげるその瞳と目があった。
「それはさ、いくつかの音がよく調和して、ほら...こんな風に鳴る和音のことを言うんだ」
一度弾くのをやめ、2つの鍵盤を同時に鳴らす。
調和された2つの音はきれいに鳴り響く。
そしてその音に混ざるかのように聞こえる雨音。
―
――
―――
「 まさに...僕と渉みたいにね、」
細まる目。上がる口角。笑んだその顔は黒く輝くピアノに、反射して刻み込むようにしてうつりこんでいた。
“ずっと...一緒だよ”
聞こえるのはピアノの音と、雨の音。
ただ、それだけだった。
ともだちにシェアしよう!