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番外編1-3
「...あんたが、悪いんだからな」
気まずい中、兄貴の顔は見ないよう、俺は熱湯がかかった手を無理矢理冷たい水が流れる蛇口の元へともっていく。
いつになく無言のままでいる兄貴を不審におもいながらも、特に俺から話しかけることもなく、じっと水にあたる兄貴の手を見続けた。
「...っ!」
そうしてしばらく経った頃、何気なく顔を上げた俺は驚きで僅かに肩を揺らした。
「...なん、だよ」
視界に入ったのは歪んだ笑みのままじっと俺を見つめる、兄貴の不気味な姿。
―まさか、無言の間ずっと俺のこと見てたのかよ...
「...俺、もう行くから」
正直、ゾッとした。早くタケルの元へと戻ろうと兄貴に背を向ける。
「 渉 」
「...っ、」
しかし肩を掴まれ、壁に押し付けられてしまった。背中に触れる壁の冷たさがやけに身にしみる。
「指、冷たいんだ」
「...だから、何だって言うんだよ」
「....」
無言のまま顔の目の前に差し出されるのは、水にあたって冷えた、指先。それは俺の唇をそっとなぞるように触る。
すぐに兄貴の意図に気がついた俺は目を細めて兄貴を睨み、そして情けなく下を向く。
「渉があたためて」
―なんで、俺が...っ、
そうは思いながらも頭に浮かぶのは、コーヒーがかかった瞬間の兄貴の表情。
「...っ、んん...はっ、」
口腔に侵入する兄貴の指。俺は目をつぶって冷えたそれに舌を絡める。
「んっ...あったかい...」
「ふっ...ん...ん゛んっ!?」
「.....この舌があるから渉は僕以外の人間に話しかけたりするんだよね」
急に兄貴は絡める俺の舌を親指と人差し指で掴み、口の外へ引っ張り出してきた。
そのせいで唾液が口の端をつたい、一筋の流れをつくる。
目を開ければ鋭い眼差しと視線が合った。
徐々に近づく兄貴の顔。兄貴は舌を出し、掴みだした俺の舌を舐め....―――そして、噛んできた。
「ん゛んっ、あ゛...はっ...は、ぁっ、」
俺は恐怖と痛みでガタガタと体を震わせた。
相変わらず、鋭い眼差しのままの兄貴。
――喰い千切られる。
本能で、そう思った。
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