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番外編1-4
「ふふっ、可愛い。渉、震えてる」
兄貴に恐怖し、目を瞑った瞬間、兄貴は俺の舌を噛むのをやめ、一舐めすると強く吸いついてきた。
そして掴んでいた手を離し、そのまま深く口づけてくる。
俺は恐怖から解放され、茫然としたまま兄貴の唇と舌を享受した。
「渉...渉、わたる...あぁ、我慢できない。もう、旅館に戻ろう。そしたら可愛がってあげるから」
ようやく俺の唇を離した兄貴は頬にキスをし、興奮しているのか息を荒げてそう言ってきた。
そしてこちらが反応する間もなく「タケル君をどうにかしてこなきゃね」と、呟くと渉を残して足早にトイレを後にした。
「えっ、あ、兄貴!」
茫然としていた俺だが、“タケル”という言葉を聞いてハッとし、すぐに兄貴の後を追う.....―が、
「きゃっ!」
「あっ、」
トイレの扉を開け、勢いよく出た時タイミング悪く、近くにいた女に思い切りぶつかってしまった。
ヤバい、と思って前を向けば、床に尻もちをついている女がいて俺は心の中で舌打ちをする。
―ったく、こっちは急いでるっていうのに...
「いたたたた...ちょっと!...って、あ、」
「悪い、立てるか?」
同い年、もしくは少し年上だろうか。その女は初め、怒っていた様子だが俺の顔を見るなり、ハッと息をのんで目を丸くしてきた。
まじまじと顔を見られ、渉は気まずくなり僅かに目線を下げる。
もしかすると、この女は先程の俺と兄貴を見ていたのかもしれない。
男同士で手なんかつないでカフェまで来るなんて、周囲の人間からすれば興味がわくものだろうし、きっと記憶に残っていたのだろう。
そう解釈した俺はさっさとどうにかして兄貴の後を追おうと思い、すぐに女を立たせる。
そして再び小さく謝っていこうとしたのだが、後ろから腕を掴まれ行動を止められた。
「ちょ、ちょっと待って!あの...よかったら一緒にお茶しない?」
「...は?」
俺に向かってそういう女。俺は展開についていけず、目を細めた。
しかし、兄貴とタケルのことで頭がいっぱいだった俺は「急いでるから、」と断りを入れ、今度こそその場を立ち去る。
後ろから何やら呼びとめるような声を掛けられたが、俺が振り返ることはなかった。
「おい兄貴!タケルは...」
トイレから離れ、店内を見渡せば店の入り口に立つ兄貴を発見した。近づくと、問いつめるように肩を掴んだ。
「タケル君?あぁ、もう話はすんだよ。さぁ、帰ろう」
「なっ!意味わかんねぇし。タケルと何話したんだよ!」
「何って、そんなの何でもいいじゃないか。ほら、行くよ」
兄貴は動こうとしない俺の腕を掴み、無理に引っ張ってくる。
「...っ、」
そんな中、タケルがいるであろう、先程まで俺たちがいた席を見れば、恨めしそうにこちらを見てくる瞳と目があった。
何を言うでもなく、ただただこちらを見てくるタケル。
俺は酷くその瞳に不快を覚えた。
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