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第5話
『マルスの愛児』
優しい呼び声に目を覚ますと、体が柔らかい何かに包まれていた。ミュシャに違いないと思い体を起こすと、そこは見知らぬ寝室らしかった。らしいと言うのも、丁度品があまりにも豪奢で、ノアにとって道端に落ちている端末を直して少しだけ見ることができたレトロな人々の暮らしというものしか理解できなかった。
暖かいベッドはミュシャと作ったもので知っていたので、その不思議なほどふかふかした場所がベッドだとは思わなかった。
「ここは?」
口に出して、自分の喉が乾いていることに気づいた。唇が引っかかる。足をベッドから下ろすと、何も身につけていないことに気づいて、ミュシャとセックスしたときはいつもそうなので気にしなかった。ベッドサイドのグラスを手に取って、置かれた水差しのあまりの繊細な作りに驚いていると寝室に足音が響いた。
「ああ、目覚めたのか」
「あんたは?」
夢現の世界の中で、男はノアの世界にやってきた。美しい髪の毛に、瞳、彼は支配者だ。
「私はヴィンセントだ。お前の名前は?」
「僕は」
口にしそうになって怯えて口を閉じる。
「ミュシャは?」
「ミュシャ?」
「僕の恋人だ。あんたたち兵士が探して連れて行ったんだろ?」
ノアの言葉を少し興味深く眉を動かしながら、男の唇は薄く閉じられたままだった。とても、凍った印象の美青年だ。この手の男には近づいてはならないと、ノアの第六感が告げる。
「ミュシャを知らないなら、僕探さないと」
「ミュシャは、お前と同じ原住民か?」
どうしてそれを、と口に出そうになって彼が表情を一つも変えないことに内心怯えた。
「お前のことは調べたよ、ノア」
「そんな」
「ミュシャという原住民の中性体と暮らしていたようだな」
「それは、その」
男はゆっくりと、近づいてきた。
「ミュシャは、敵国の手に落ちた」
「敵国?」
「アーサーという名前の自由の戦士とか名乗る指導者が連れて行った。ミュシャの能力が必要だったのだろう」
「ミュシャは、そんな、能力なんて」
ノアをベッド脇に追い詰めて、顎を掴む。
「お前も原住民の血を引くのだな、マルスの愛児」
「マル……? 何?」
「お前のような子供をそう呼ぶんだ。神々が作り出した異形の獣を乗りこなせる異能を持っている」
掴まれた強い力逃れようとして、ノアはベッドに押し倒される形になった。見上げる男の瞳の色が、恐ろしくてたまらない。
「ミュシャを救いたくないか?」
「それは、僕一人で救う」
「いいやそれは無理だ、お前はあまりにも無知で無力だ」
「でも、僕には異能があるんだろ、それなら」
「お前には知性がない。奴らに食われて終わりだ」
言葉を重ねる前に、男は低い声で提案した。
「私のものにならないか」
「え?」
「私の狗になれ。そうすれば、お前を助けてやろう。あのアーサーとかいうやつを倒して、お前にミュシャを返してやる」
「それは」
迷っているうちに、男の心臓の音が聞こえた。先ほどノアを起こした、優しい音。
「それは、ほんとう?」
柔らかく問うと、男はノアに覆い被さった。
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