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第7話

 オリュンポス王家が統治する古びた政治について、いつも自由貿易を推奨したアレキサンドロスの教師たちが生徒に説明する際には、「歴史を進めることを拒否した世界」と説明した。 「何を持ってして、進むのかが気になるなあ」  妖精と魔法と機械の国と言われる「アヴァロン」は今日も騒がしい。 「アーサー!」  寝そべりながら寝室の壁に投影したテレパスニュースを眺めていたアーサー・モルガンが体を起こすと、扉を勢い良く開いた状態で肩を怒らせている女がズンズンと近づいてくる。 「また浮気をしたのか!? アーサー!」 「浮気? 俺は相手が望むことをしたいだけだよ、ティーチ」  隣で裸の男を見下ろしながらアーサーがそう答えると、ティーチ・サンドリアは豊満な胸を揺らしてアーサーの顔に近づける。 「私という女が居ながら! あんたはほんと、どうしようもない男!」  ぼんやりと、アーサーは内心──男ではないのだが──と付け加えた。だがここでは、全くの無意味なことだ。 「そうさなあ、ティーチ。そこで寝ている彼に、先日旧時代の惑星から連れてきた人物のことを聞いてくれないか」  立ち上がり、アーサーは寝室から浴室へと歩いた。アーサーの股の間を白濁とした液体が滴って歩いた後にポタポタと降り落ちていた。その白濁を踏み付けながら、ティーチはアーサーの後を追う。 「中出しさせたの!?」  ティーチに迫られて「俺を妊娠させたいというから」と答えながらアーサーはシャワールームの扉を三回ノックする。入り口のサニタリー近くに置いてあった牛乳を一杯コップに注いで近くに置いておくとコップから牛乳が消えてシャワーから水がようやく降り落ちてくる。 「ズルイ! 私もアーサーの子供欲しい!」 「うーん、俺は女の機能はあるけど、女の方はどうなんだろう」 「そんなの、私が男になればいいのよ」 「じゃあいいのか」  アーサーは水を浴びながら、男に吸いつかれた体のあちこちを洗う。月見草とハーブで作られた石鹸を泡立てると、体のあざはどんどん消えていく。この世界では、精霊王の愛児であるアーサーは魔法の影響が強かった。 「アーサー私の子供産んでくれる?」 「両性具有だから、その機能はあると思うよ。一応月のものも流れるから。でもまあ、俺の場合、妖精王が許さないんじゃないかな」  股の間についている性器も軽く泡だてて洗い流せば股間まで子供のものに戻っていく。男性でも女性でもなくその両方の特徴を持って生まれたアーサーは自己をほとんど持たない。自己という存在を他人によって認識しているため、ふわふわと形のない意識のなかで生きている。  この国を統べる精霊王はアーサーを愛でた。祝福を与えてその器にふさわしい運命を与えた。 「アーサー様」  先ほどベッドを共にしていた男、トリスタンがアーサーの名を呼んだ。 「ここだよ」  自己の場所を示すと、トリスタンは主人を亡くした犬のように体を擦り付けて来る。 「アーサー様、もう無茶はなさらないでください」 「ああ、うん」  相手が望むなら、アーサーは肯く。その身に埋め込まれているエクスカリバーのせいで不死身に近いアーサーは、人民の願いに反応する。  ──ほとんど機械人形と変わらないな。  自覚をしながら、再び体を求めてくるトリスタンに足を開きつつ、ぼんやりと先日の敵惑星で出会った無性体の「緑の民」と呼ばれるミュシャのことを思い出していた。  諦めたような目をしていた。美しい緑色はまるで妖精王の愛子たちが産んだ宝石のようで煌めいている。桃色の唇はふっくらとしてつい触れたくなった。 「俺は、アーサーだ。アーサー・モルガンという」 「あなたは、ぼくを犯すの?」  幾度も体を狙われた来たのだろう。その言葉にすぐに興味を持った。 「君は貴重な存在だ。そんなことはしないよ」  そう答えると、不思議そうな顔をした。ミュシャと名乗った「緑の民」は奇跡の民だった。妖精王の庇護から離れた不毛の惑星の中で生命を寿ぎ長い年月ほとんど星と一体となり生きてきた。彼らの治癒能力は泣き女さえも若い娘に蘇らせるというのだ。 「じゃあ、どうして?」  ──どうしてか、いい質問だ。ミュシャ、君は自分の生をきちんと生きているんだ。 「君はさ、自分自身で選ぶことができる」 「どういう意味?」 「君は今、俺がどうしようと、必ず生き延びて自分望みを叶えようと思っているだろう?」  当たり前だというように、彼は眉を潜めた。 「俺が出会った者たちの多くは、人の力で生きているんだよ」  不思議そうに「でも」と優しい声が言う。 「誰かが居るから、あなたもここに居るんでしょう? あなたがそれでもいいよって、言うんでしょう? そうじゃないというのは、少しものを知らな過ぎるよ」  その言葉は、アーサーにとって衝撃だった。世界の理に触れたアーサーは世界樹に触れることができる。そこは、知識の泉だ。その中で真理を刻まれたのだ。そんなアーサーを、ミュシャは堂々と批判する。その物言いが斬新だとアーサーは心動かされた。 「アーサー!」  首惑星アヴァロンは妖精のおわす美しき国「ティルナ・ノーグ」は妖精と魔法と機械の国だった。住民たちの多くが魔法を使いこなし、機械は魔法を原力として動いている。妖精王の庇護を受けている惑星の中で機械たちは活発によく動く。ティーチがアーサーの泊まっていた空中ホテルに迎えに寄越したのは機械竜だった。竜は太古から存在する賢き隣人だが、魔法使いと契約をして彼らの子供を攫わない代わりに体の構造を提供した。ティルナ・ノーグでは主な交通手段として用いられているが、アーサーは機械竜の飛行が少々苦手だった。 「私が」  先ほどアーサーの体を散々弄っていた男が涼やかに正装に改めて現れた。 「俺はたまに君が羨ましいよ、トリスタン」  隣に立つ男の背幅を見上げながらその体躯に見惚れる。ティルナ・ノーグのあらゆる種族の女たちから好意を寄せられる美しき花の騎士は人魚たちが水底に隠していた妖精王の愛児アーサーを生涯の主人とみなして全ての地位を捨てて侍従になると宣言した。  ──みんな、俺のために命を投げたがる。  息苦しいと、アーサーは世界を感じる。全ての決定権はアーサーに委ねられ、最善を尽くして走り続けるしかないからだ。 「行きましょう、私の愛しい人」  トリスタンの運転でアヴァロンの首都上空を抜けていく。機械竜と魔法機関車が行き交うアヴァロンの空は、賑やかだ。 「ごめんよ!」  鼻先を通り過ぎた魔法使いは旧時代の箒に乗って急いで出勤しているようだが、彼らの空での交通についてそろそろ規制が入るだろう。トリスタンが上昇気流に竜を乗せた途端に逆さまになる世界を見下ろしながらアーサーは水底で見上げたサファイアのように輝いている世界を思い出して微笑んだ。 「アーサー様、大丈夫ですか?」 「ああ、絶好調だ」  妖精専用のペガサスが優先区域をゆっくりと駆けていく。その後ろにようやく着くことができ、視界が正常位に戻ってアーサーは乱れた髪の毛を一応手櫛で直した。これから向かう場所は、少し身なりを気にしなければならないところだ。 「行こう、ゴブニュの饗応に。我々は、彼女の声を聞かねばならない只人なのだから」  アーサーは己を鼓舞するようにそう呟いた。

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