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第44話※千晶視点
「こっちの準備は粗方完了したよ」
「俺の方も撮影は終わったからもうすぐそっちに帰るよ」
春臣の部屋に着いてすぐ、スマホの着信が鳴り響いた。画面を見れば最早悪友と言っても間違いではない男の名前が映し出されていた。
「ところで、最近春臣君とは何もないの?前に送ってもらった動画以外何も俺のところに送られてきてないんだけど」
「まさか、独り占めしてないよね」と誠太は訝しげに問う。
やはりそのことを聞かれるかと千晶は空いた手で頭をガシガシと掻いた。
「あれ以来何もしてない。本業が忙しくてする暇もなかったんだよ。予定通りできなくて悪かった」
先日、最後までしてないにしろ春臣を半ば襲ったことについては黙っていた。あの時は動画を撮る余裕もなかったのだ。だが、それを誠太に言えばまた粘着質に責められるのは目に見えていた。
- 誠太も開き直ってからは少し面倒臭い時あるんだよね。
しかし嗾けたのは自分であった為そうも言ってられない。
「まぁ、こっちに戻ってきたら好きにできるからいいけどさ」
「...あのさ、誠太」
「なに?」
鼻歌でも歌い出しそうなほど軽やかな電話口の声を呼び止める。
- やっぱり全部なかったことにできないか
喉元まで上がってきた言葉。ハッとして千晶は冷や汗を掻いた。
自分は一体何を言うつもりなのだろうか。
「いや、やっぱりなんでもない。それじゃあ俺これから飲み会あるから」
そう言い動揺して軽く震える指で通話を切った。
気持ちを落ち着かせれるために深呼吸すると、そのまま千晶はベッドに倒れ込む。
「感化されて俺もおかしくなってきたな...いや、これが普通か」
この長期ロケで春臣との距離が近い生活が長かったからか千晶の心に前とは違う感情が生まれていた。
前までは憎しみだけが心を蝕んでいた。だから全てにおいて冷酷でいられたのだ。その憎しみだってちょっとやそっとでなくなるほど軽いものではない...はずだったのだが。
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