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第56話
それは突然のことだった。
「次週で藤堂君のことが載るみたいなんだ。今日週刊誌側から事実確認されたよ」
厄介ごとが舞い降りたとばかりにため息を吐く社長とその横で複雑そうに立ち竦む京太の姿。
目の前にあるのは先日、誠太と喫茶店にいた時の写真。
―あぁ、あぁ、遂に現実となってしまったんだ。
ホテル前で千晶と鉢合わせしてすぐ、マンションに戻るもそこに千晶の姿はなく焦った春臣であったが疲れに負けそのまま自室で死んだように眠っていた。
そして数時間寝た後に鳴り響く着信に起こされ出れば今すぐ事務所に来いと呼ばれた。
電話の内容から嫌な予感はしていた。どれが理由かわからないほど心当たりがありすぎたのだ。しかし、話された内容はその中でも1番最悪な物であった。
― これなら、まだ春海との熱愛だと騒がれた方が何倍もマシだ。
「ここに写ってる男は大月から聞いたが天宮君の昔からの友人のようだね」
「...はい、そうです。」
「それでいて九重組の次期後継ぎだとか...」
その言葉とともに再びため息が吐き出される。春臣の背にはじとり、と嫌な汗が流れた。
「藤堂君は芸歴も長いから、こういうのは芸能ゴシップでは格好の餌だってわかるよね。君はいつも気をつけてくれていたから心配してなかったんだが...これはちょっと痛手だな。ヤクザが絡むと世間の目が一気に強くなって途端に芸能界隈でも爪弾きにされちまう」
「本当、参ったなぁ」と社長は白髪混じりの髪の毛をガシガシと掻いた。
「もう、演技できないってことですか...」
やけに口の中が渇く。目の焦点は段々と合わなくなってきた。
「いや、まだそう決まったわけじゃない。だけど仕事が激減するのは確実だ。良くも悪くも、藤堂君が今までクリーンなイメージで売ってきたのが仇となったな。こういうのはギャップが強ければ強いほど悪い印象がついちまう。とりあえずは自宅待機で、誰に何を聞かれても事務所を通さずに回答することはしないように。」
その後も社長は違約金が~、などと話を続けていたが最早それが春臣の耳に届くことはなかった。
― どうして、どうして俺がこんな目に遭わなきゃいけないんだ。今まで堪えてきたこと全てが水の泡。———そんなの、絶対に嫌だ。
「嫌、です...俺に仕事をください。何でもします...何でもしますから!」
春臣は堪らず社長の机をバンと叩き迫った。そんな、いつになく緊迫し負の感情を剥き出しにする春臣の様子に思わず社長と京太は目を見開く。
どんな時でも快活で笑顔を振りまく春臣の姿はそこにはなかった。そこにあるのは瞳孔が開き怖いくらいに歪んだ顔。元々が端正な顔立ちなだけにその迫力は凄まじい物であった。
「い、いや、そうは言ってもだな、ヤクザ絡みの俳優なんて番組側が使いたがらないから仕事をやらせたくてもできないんだよ。それに、落ち着くまで自宅待機でもしておいてもらわないと静まるものも静まらなくなる」
「そんな...自宅待機って...一体いつまでですか。俺知ってますよ、ヤクザ絡みで復帰した役者って殆どいませんよね?俺もその1人になるんですか?俺にはこれしか残されてないのに、どうして...どうしてっ!!」
「落ち着いて春臣...君が俳優にこだわってるのは僕もよくわかってるつもりだよ。だけど、今は目立つ行動は避けたほうがいい。誠太君との写真は不可抗力かもしれないが...世間とはそういうものなんだよ。今が踏ん張り時だ」
京太は春臣の傍に駆け寄ると優しく両肩を掴み説得する。しかし春臣にはもうどんな言葉も通じなかった。まるで京太の存在など見えていないかのようにフラフラと後ろへ歩いてその場にへたり込む。
「俺...頑張るから、だから捨てないで...何でもするから、何もかも俺から奪わないでよ」
ぶつぶつと呟く春臣を不気味そうに見る社長の目。京太は小さく震えるその背を撫ぜることしかできなかった。
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