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代償の痛み 12

「んあっ、ふ……ぁ」  ぱたりと、エフレムの髪を掴んでいた手がベッドに落ちた。  ニールは喘ぐように大きく息を吸いながら、うつらうつらと瞼を閉じかける。  熱と一緒に、酔いが本格的に回り出したようだ。くらくらと回る視界に、目を開けていられなかった。  遠征中は水代わりに麦酒を飲むのが普通なのだが、ニールはもっぱら水か果実を口にしていて、酒類は舌を湿らせる程度しか口にしていなかった。  見てくれと経歴から酒には強いほうだと思われがちだが、酒類はとにかく苦手だった。  付き合い程度に少量を飲むのも困難で、勝利を祝う宴の席では、いつも飲んだ振りを決め込んでいた。  飲み口が良かったのが、いけなかった。  果汁で薄めてあったとはいえ、酒は酒だ。それなりに飲めば、酔って当然だった。 「ぁあ、派手に出しやがったな。なんだ、若いのに夜の遊びはさっぱりなのか?」 「ふるひゃい、あんたには……関係ない、ひゃろ」  射精の後の体は酷く気怠く、身じろぐのもままならない。ニールはぐったりと四肢を投げ出したまま柔らかいベッドに沈み込み、体の熱を逃がそうと喘ぐばかりだ。 「まあ、関係ないっちゃあ関係ないが。心配はしてもいいだろ? 年頃の男なんだ、健全な営みを送るべきじゃあないかね?」  顔に飛んだ精液をシャツの袖で拭いつつ、エフレムは薄暗い闇の中で唇を持ち上げた。心配と口にしつつも喉の奥で笑われては、馬鹿にされているようにしか思えない。  ニールは胸を反らして喘ぎながら、足の間に居座るエフレムを睨んだ。視線だけで射殺せれば、どんなに良かっただろう。 「あんたにぃ、言われたくなひ。こんらの、健全なわけ……ない」  飲み込みきれなかった唾液が、口の端からとろりと零れ落ちる。  ずるっと音をたてて啜るが、粘ついているせいか上手くいかない。  見下ろしてくる苛つく顔を思いっきり叩いて飛び出したいが、腕を上げるのさえままならないほど体に力が入らない。  エフレムと共に夜を過ごすうち、射精後の気だるさが増してゆくように思える。今宵は酒の酔いもあって、とくに酷い。無理にでも喋っていなければ、寝落ちそうなほどだ。 「健全じゃない……な。たしかに、全うじゃねぇな」  衣擦れの音と、擦れた声が混ざる。  どうしてか、本能的にいつもと何かが違うとニールは閉じそうになっていた瞼をこじ開けた。 「……へ?」  どうして気付かなかったのかといわれれば、分からないと返すしかない。投げ出していた膝はいつのまにか立てられ、あられもない秘部を誇示するように開かれていた。  折角落ち着きかけていた熱が、一気にぶり返した。  何をするつもりなのか、ニールは呆然と己の下肢を見る。両開きのドアのように大きく広げられた足を閉じようとして、精液が絡んで粘つく手でするりと撫でられてはどうしようもない。  ニールは短く喘いで、浮かしかけた後ろ頭をベッドに再び深く埋めた。 「いままでさんざん、良い思いさせてやったんだ。そろそろ、俺も……いいだろ?」  ぐっと、内股に掛かる体重。  胸に落ちてくる温い汗の粒に、ニールは息をのむ。  あっけにとられている場合ではない、このまま黙っていれば――やられる。  男との経験は全くないが、童貞という訳ではない。女を抱いた経験がある以上、理性の飛ぶ瞬間のねっとりとした空気感も知っている。  今までは、ニールが精を放てば終わりだった。よくよく考えてみれば、エフレムが意図的に終わらせていたのかもしれない。 「やら、やめろ……えふれむっ」   思うように動けない腹立たしさは、為す術もない状況によって恐怖感に変換されてゆく。 「泣いたって、無駄だ。自分でもほとほと甘い人間だとは思っちゃいるが、優しくはねぇんだ」  ぐち、と水音が響く。  ニールの放った精液を塗りたくるよう、白手袋を脱いだ右手が硬く育ったものを扱いている。  何をするつもりなのか、ここまで見せつけられたなら生娘でも分かるだろう。汗で湿った前髪からちらつく青灰色の目は、欲情してぎらついていた。  逃げなければ。  焦る胸中とは裏腹に、体は熱に痺れて動かない。  普段は世捨て人然として取り澄ましている男の、十七も年上の男の生々しい姿に中てられたように、ニールの呼気も荒く熱くなってゆく。  薄暗い部屋にこもる二つの息は、人よりも獣のようだ。ぐちぐちと、手荒に自身を扱き上げるエフレムは滲んできた先走りを指に絡め、ひくひくといまだ震えているニールの後孔に沈めた。 「ひぃ、ひんっ」  びくびくと、腰が持ち上がる。  素直すぎる反応に気をよくしてか、エフレムは満足そうに息を吐いてさらに指を追加する。ぬめる人差し指と中指で、狭い入り口を気休め程度に広げて弄ぶ。 「あ……あぁ、やら、やめ……ひぐっ」 「泣くなよ、お前は帝国の英雄様なんだろ? 後に指突っ込まれたくらいで、なんだっていうんだよ」  無茶苦茶な言いように、文句を言う余裕もなく。ニールはただ、首を振って喘いだ。 「こ、んらの……したこと、なひっ。無理……無理ら」  子供のようにしゃくり上げながら、容赦なく体を弄るエフレムを見やる。  男の総数が圧倒的に多い前線では、男同士で関係をもつなど珍しい話ではなかった。  見てくれが良ければなおさら性対象として見られるような環境下では、ニールですら他人事ではなかった。  迫られた経験は一度や二度では済まなかったが、その都度、持ち前の戦闘能力で回避してきた。 「無理なもんかよ、ほら見ろ、指を美味そうにくわえてやがる」  笑われて、ニールはぎゅっと目を閉じた。  見ろと言われて、素直に見るほど馬鹿ではない。が、視界を閉ざしても感覚は無くならない。  ちゅくちゅくと、反射的になかで蠢く指を締め付けるたび、形容しがたい感覚がせり上がってくる。  女を抱いたときと似ているようで、違う。知りたくもない、不可思議な痺れ。 「ん、あっ。やめろ、これ……とりひきじゃ、らいっ」 「わるいが、ニール」  ずぷ、と。入り口の襞を引っかきながら指が抜けた。  唐突に消えた圧迫感に安堵の吐息をつく間もなく、熱く育った剛直が押し当てられた。 「ひっ、あ……やっ」 「とめてやれねぇよ」  恐怖に強ばる体にかまわず入り込んでくる巨大な熱に、ニールは甲高い悲鳴を上げた。 「や、あ、あっ」  痛みと、圧迫感。  はいったといっても先端だけだろう。なのに、我も忘れて叫ぶほどに余裕がない。  半狂乱になりつつあるニールは、乱れた髪を撫でる手に気付いて詰めていた息を僅かにほぐした。  間近に、エフレムの顔がある。  何を考えているのか分からない、憂いに濡れた青灰色の目を覗き込んだ途端、下腹がきゅっと締まる。  中に食まされている熱の、大きさと堅さを感じて膝が力なく震えた。  抱かれている。  どうして抱かれているのか、どうして抱くのか。  なにもかも分からなくなる中、ニールは体の奥に疼く熱の存在に気付き始めていた。

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